今回の旅行では、ホテルは日本から手配していった。
旅行代理店勤務の友人に値段が安いところを数軒選んでもらって、なんだか街中だなあという印象のホテルを選んだ。
海だ山だと自然に親しむのが目的でなければ、とりあえず街から離れていないほうが足回りが良い。うちの夫婦はなんとなく二人で出かけても途中で別行動になることがよくあるし、別々に出かけて後で待ち合わせるのにも、ホテルが街中ならば部屋に戻ってくればよいので面倒くさくない。
いや、ちゃんと地図が読めて常人並みの方向感覚があれば、そういうことまで考えなくっても良いのだが、なにしろ私は世界で二番目に酷い方向音痴なのである。
本当は世界最悪だと思っていたけれど、結婚して自分より酷い人類がいるのを知ってそうとうがっくりきたものだ。
どうでもいいけど「メカ音痴」も同様。
まだうら若き未婚の時代、「結婚すれば道と機械で困らなくてすむようになる・・・♪」という実に美しい期待と夢を胸に抱いていた。
結婚に夢を描くようなカワイラシイところはなかったが、そこんとこだけはなんとか、と願い信じていたのである。
こういう日和見は、神の試練を呼ぶらしい。
たったそれだけの夢を、何故完膚なきまでに壊したもうたか、ああ神よ。
「甘えんな」ということだろうか。そうだろうな。
さて「ホテル裏話」をここで一つ。
馬鹿馬鹿しい話で旅行記ですらないのだけれど、なんとなく思い出しついでに書いておく。ご参考までに。
ホテルにチェックインして部屋に入った。
部屋が何処にあるのかよくわからなくて軽く嫌な予感がしたのだが、案の定これがちょうどエレベーターの真横、というよりむしろ「真裏」にある部屋だった。
小さめのダブルベッドが一つ、部屋の真ん中においてある。
ダブルなので「お二人様用」と言い張れば言い通せる部屋だ・・・が、しかし・・・。
なまじ元がホテルの人間だったので、チェックインでごった返すロビーの風景とともに、悲しいかなストーリーが全部読めてしまった。
ドアに張ってある避難経路などを示したフロアプランを見ても、これは「添乗員乃至はとても運の悪い客」に振るべき部屋、つまり「スカ部屋」なのだ。
トランプで言えば「ババヌキのババ」。
まずそもそも、エレベーターの真横の部屋は、かなりしっかりした作りの一流ホテルでも案外音が耳につくことが多い。
もちろん世界中どこのホテルでも同じだ、ということでは決してないのだが、程度の差こそあれ廊下の人の出入りや、ホテルの構造によってはエレベーターの音などまでが耳につくことがよくある。
この辺の感じ方は個人差があるので気にならない人も結構いるが、自分が夜寝るときなど周囲の音に神経質なほうだという自覚があったら「エレベーター真横は避けてほしい」というリクエストを出したほうがよいかもしれない。
どうせ出すなら事前の予約時に言っておいたほうがよさそうではあるが、この辺は結構微妙なもので、ホテルによってはおっそろしくワンフロアの廊下が長いところもある。
しかもこういう「スカ部屋」が廊下の端にある場合もある。
だから、忙しい人はチェックインの段階で「エレベーターの真横は避けてほしい」という希望を伝える程度にするのがとりあえず無難ではある。
我々のような暇人はとりあえず部屋に上がるが。
さて、読めてしまったストーリーとは、以下の通りだ。
1.この日、このホテルは満室だ(→あとで聞いたら「オーバーブックしていた」そうだ。かわいそうな深夜着の客が何組か、近隣のホテルに送られたはずである)。
1.満室ということは、ホテルのありとあらゆる部屋をうまく割り振らないといけない。
1.本来は添乗員や一人客に回すような部屋だって、ナンダカンダと二人突っ込む算段を考えなければいけない。
1.しかし、こういう部屋に体のでかい欧米系の夫婦などを突っ込んだら、即座にフロントに戻ってきて暴れまくられるのが目に見えている。その点、日本人は体が小さいし(うちのオットは日本人としては完全に規格外なのだが、そこまで予測しているはずがない)、おとなしいのであまり不満を言わないはずだ。
1.日本人ならば、とりあえず欧米系のようにクレーム大爆発の危険性は薄い。
但し、法人契約などのある現地企業からの予約客にうっかりこういうことをすると、ホテルで暴れなくても現地で手配した担当者にクレームが入ったりして、あとの取引に障りが出かねないので、これは避けなければいけない。
1.現地のオペレーターのアテンドがつくツアーグループの場合は、やはりクレームになりやすい。これもアウト。
・・・で、我々の場合は「レジャーできた個人客。日本人。アテンドなし」だ。
爾後のビジネス取引に支障はなく、予約元から怒鳴り込まれても大方「ゴメン」ですむ。
しかも、レートを安く上げるために全額前払いのバウチャー持参なので、いくら暴れてもホテルの変更は不可能。出て行ってくれるならば、事前支払い分を全て掛け捨てにせざるをえない。
こういう状況のホテルにしてみればむしろ嬉しいくらいだ。
このように書くと、このホテルは極悪非道で悪辣に思えるかもしれないが、こういう日のフロント責任者に課せられた使命は「なんとかしてこのスカ部屋を穏便にどこかの客に押し付けること」だ。まさにトランプのババヌキの世界。
お客様全ての満足よりも優先させるべき責務を背負って、つらい一日を過ごしているのである。
上手なババヌキが、その日の仕事の全てといってもよい。
そもそも、我々の払っている宿泊料は部屋タイプ指定のあるものではないので、ホテル側に原則部屋の割り振りを決める権利がある。
だから、こういうことがあっても大声で怒り狂う権利まではない。
この場合は、まず「お願い」から始めるのが無難だ。
それにしても、一泊で出て行くならともかく、三泊しようという客(ワレワレ)にババを抜かせるなんてあまり感心しない部屋割りではある。
ホテル・ビジネスは一応「ホスピタリティー・ビジネス」なのだからね。
とりあえずフロントに電話をかける。
なんといって状況を説明するのが一番穏便にコトが進むのかなあ、とちょっと考えて、小賢しくて鬱陶しいようだが本当のことを言ってしまうことにした。
小薀蓄をたれるようで気が引けるが、こういうクレームをつけるときに感情的になってもろくなことはない。
多少英語の出来る日本人ゲストが「現地人スタッフ」を居丈高に罵っているのを見たこともあるが、こうなるともう相手のホスピタリティーは引き出せない。
自分も気分が悪くなるので、いいことなしだ。
フロントに電話して、チェックインを担当してくれた日本人のスタッフに
「こういう日に文句を言って申し訳ないけど、この部屋なんとかしてくれませんかねえ」と、頼むことにした。
「私、あんまり言いたくないけど、実は元ホテル業界の人間なのですよ」と付け加えた。
「どうせババヌキをやるんなら、別のお客さん相手にやってもらえないかなあ。
私たちは三泊もするけど、夜遅く来て明日出て行くような人もいるでしょう」
別にフロントの責任者に言っても良いのだけれど、まあとりあえずは現場で処理してもらうほうが丸く収まることもあるのだ。
その段階で埒が明かなかったり、対応に誠意がなかったりした場合には、正式なクレームとして責任者を呼び出せばよい。
結果、速効でもっと広いまともな部屋が出てきた。
さっさと部屋を取り替えてくれた以上、感謝こそすれ不満はもうない。
付け加えると、このホテルの日本人スタッフのMさんには、その後大変親切にしてもらって、大変ありがたかった。
以上のストーリーを反芻すると、妙に可笑しくなってくる。
こういうババヌキ話はすっかり忘れていたので、一瞬だけれども懐かしさまで覚えてしまった。
忘れた頃にババを引く、かあ・・・などと、感慨すらあった。
部屋替えの間に街に出た。
気のせいかもしれないが
香港の看板はむやみに巨大で
字も馬鹿馬鹿しく大きい。
オットにそう言ったら
「香港の人は目が悪いのだろう」と・・・
いや、そこじゃないと思うんだけれどなあ。
本当のところ実寸で図ったらどうなのか、ちょっと気になるところではある。