
以前『世界の宗教 知れば知るほど』という本の共著者として御紹介した、友人の金子貴一が、実に良い本を出した。
これは拙ブログの読者の方に、是非読んでいただきたい本だとしみじみ思うので、
力をこめて御紹介する。
彼自身のサイトで、実にあっさりと「極秘経歴」として「実は、私は2004年2月3日から3月24日まで、陸上自衛隊のアラビア語通訳として、イラクのサマワに滞在して、陸自の方々と苦楽を共にしておりました」などと語られているのだが、これがどれほどのことかは想像に余りある。
そのレポートがついに出たのだ。
民間人が海外の戦地に同行し、業務支援という形で現地での活動に従事する記録、
というだけで、非常に貴重なものだと思う。
ジャーナリストが「記者としての目線」「外からの目線」で書いた本や、自衛隊関係者乃至はシンパが、「関係者の目線」「内からの目線」で発表した記録などは、相当数出ていて、これはこれで価値ある記録だが、金子が今回発表した記録は、そのどちらでもない中立に立つものの目線からのものとなる。
本書の中で彼は自分を「異文化コーディネーター」と位置づけているのだが、その立ち位置は
正しく「一般世間の人々」と「自衛隊関係者」の中間点にあり、また同時に「日本的発想」と「アラブ的発想」の中間点にもある。
同時に、欧米的な発想も状況次第では必要とされる。
そのすべてを肌身で理解したうえで、対面する二つの文化圏の人間が歩み寄り理解できる
場と状況を「通訳」という立場を介して作り上げるわけだ。
言語能力も当然のことながら、人間性や感性精神の柔軟さが必須となるわけで、しかもその上に重ねて「戦地での心身ともに過酷な生活」という環境までがついてくる。
強靭な体力と精神力が必要とされるうえに、文字通り「命懸け」なのでもある。
その上、彼の調整の結果次第では、人命や国事を左右する結果に至りかねない。
まあなんとも大変な仕事を引き受けたものだ、と改めて感嘆してしまう。
そして、本書には特に詳しく出てこないのだが、あえて金子貴一を選んで同行した、自衛隊の判断のプロセスが興味深い。
「やるじゃないか、自衛隊!」と、話を聞いたときは内心拍手を送ったものだった。
私自身も、こんな苛烈な状況には程遠いながらも、一応それなりに対面する異文化の調整役のような立場に過去立った経験はあるので、読んでいるだけで気が遠くなりそうだった。
そういう、現場にいたら失神ものの場面を、彼はどこかしらユーモラスなほど淡々と、情緒的にも感傷的にもならず、しかし前向きな情熱を持って綴っていく。
彼の人柄ゆえの筆致なのだが、読みやすくわかりやすく、非常に楽しくすらある。
実際、面白い楽しいエピソードもいろいろ織り込まれていて、読んでいて思わず爆笑するシーンもあった。
おそらくこの本は「貴重な従軍ルポ」という形で受け入れられ、評価されていくと思う。
イラク情勢や自衛隊、軍事といったことに関心のある人々は、確実に手にとって読む一冊となるに違いない。
ついでに加えれば、元々大学で文化人類学を専攻して「アラブの部族研究」を専門にしていただけに、サマワ周辺の諸部族の状況や生活文化、といった情報も多彩に盛り込まれているので、アラブ圏の地域研究をしている読者にも貴重な情報は多いと思う。
しかし敢えて私は、この本をそういうカテゴリーに押し込んでほしくないのである。
軍事関係、アラブ学関係といったフィルターをすべて捨て去っても、この本は「異文化対応マニュアル」として抜群に優れていると思うからだ。
自分の背景にある文化と異なるものとぶつかったときに、どうとらえ、どのように行動するべきか、というヒントが、この本には様々な形で描かれている。
これから世界を目指す若い読者に、また「異文化コミュニケーション」という言葉に何らかの引っ掛かりを感じる読者に、是非とも一読をお薦めする次第だ。
別に身びいきでなく、久しぶりに色々な意味で面白い良い本を読んだ。
そしてこれは完全な身びいきだが、その作者が「たまたま」朋友である金子貴一だったことに、我がことのような嬉しさをしみじみ感じるものである。
(ライブドア用)

報道できなかった自衛隊イラク従軍記
- 著:金子 貴一
- 出版社:学研
- 定価:1890円
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