(前回からの続き)
●驚き、でしかない
実はあまりにストーリーが滑らかなので、読者は当たり前のように陸の孤島に
連れ去られてしまうのだが、初めて読んでから20余年後、ふと考え直して
「は?!」
と驚きあきれたのである。
陸の孤島のようなレストハウスに、サーバントとボーイなど、現地の男しか
おらず数泊。車の乗客も彼女一人であったりする。
そもそも、こういう単独の旅行などを、当時の良家の奥様が結構当たり前に
やっているというのが面白い。
こんなルート、最近では、リュック背負った元気のいい旅行者でも、
多少の危険は覚悟の上で、のほほんとはしていないのに、
ジョーンの様子は「東京から熊本に出る」くらいだ。
それだけに、当時の英国の現地での強大さが強烈に感じられる。
彼らは、いまや戦乱の中にあるあの土地を、当たり前のように旅していたのだ。
男だけでない。いわゆる「婦女子」も。
確かに、本来住んでいる人間は善良ではあって、治安的な不安はないにせよ、
当時の英国人というのは「自分の国の延長」という感覚で
中東あたりを旅していたらしい。
最後のほうで、ジョーンは「あら、私のドイツの友人たちは、ヒットラーのこと
など何も悪く言っておりませんでしたけれど」なんて言っている。
そんな時代の話だ。
古きよき英国、というのは、こういうものだったのか・・・とつい考え込んで
地図など開いてしばらくの間、ぐうの音も出なかった。
オチはつかなかったが、あとは何を思うも読者の皆様の想像にゆだねよう。
そして、そんなとんでもない行程を当たり前にたどる途中、砂漠のど真ん中で
足止めを食う主人公。
やることも行くところも無いところで、内省と自省のモノローグを繰り返し、
また繰り返しながら、次第に彼女の人生の「ミステリー」が浮かび上がる。
どんな事件よりも、人生が最大の謎だと、ミステリーの女王は知っている。
是非とも一読をお勧めする一冊なのである。