2006年06月26日

カイロ住宅事情 其の二 〜住居探しと大家の弱み〜 【第59話】(後編)

前編につづく)

●大家との駆け引き

さて、じゃあここにするか、ということになると、諸々の駆け引きが始まる。
カイロで外国人がシャッアを借りる場合、家具付きが普通なので、一通り
家の中をチェックしてから、アレがない、コレをつけて欲しい、という交渉が
始まる。

安いところの場合は「洗濯機が欲しい」「テレビはないのか」
「食器が」「鍋が」「鏡をひとつ」「扇風機が欲しい」などという話になり、
大家が「おお、家に余っているのを持ってきてやる」と、時にはしょうもない
ものを持って現れて、ああだのこうだの・・・となる。

高級なところでは、もう胸を張ってガンガン家具の追加を要求してよろしい。
「大型冷凍庫」「衛星放送アンテナ」「食器洗い機」「ビデオ」・・・と、
果てしない物欲を大家にぶつけるのである(結構楽しい)。
とにかく、いってみたらすんなり買ってくれたりするので、黙ってないで
口に出すのが肝心。

肝心の家賃についても、もちろん要交渉。
この場合、一人のときより夫婦のほうが交渉が有利に運ぶ。
いや、夫婦、と一般化したが、我が家の場合である。

とりあえずどちらかが、ボディーブローを細かく入れて下交渉を済ませ、
次に二人で出向いて、もう一人が右ストレートを炸裂させる、というパターン。
時には、日本語で夫婦喧嘩のアトラクション入りであったりする。
ケンカのふりをして、次の展開を打ち合わせているから悪質なコンビだ。

大家はいきなり怒り出す夫(乃至は妻)に驚きあわて「まあまあまあ・・・」
と仲裁に入ろうとする。
エジプト人というのは、基本的に気は荒くないので、大きな声で言い争う光景
を見ると、つい仲裁に入りたくなるらしい。


●契約終了時の駆け引き

さて、そして住み始める。
安いところでデポジット一ヶ月、高いと二ヶ月支払って、これは当然
「家具などの損傷分を差し引いて、出るとき返してもらえるもの」という前提、
ではある。一応は。

でも、ナンノカンノと難癖をつけて、ほとんど返してくれないのが普通だ。
ここで再び、ボディーブロー&右ストレート攻撃に移るのだが、
この場合もうすでに「この夫婦は日本人のくせに、やたらと交渉が強気だ」と
刷り込みが出来上がっているので、大家との関係が良好でない場合は往々にして
難航する。

ところで、実はこういうシャッアを持っているパターンは色々なのだ。
なんでも、ナセルの革命後くらいからある古い住宅についてはびっくりする程
安く借りられた時代があったらしい。
これは「自分か家族が居住する」のが建前なのだが、それなりにいい物件を安く
握っている大家は、住まずにナイーブな外国人(特に日本人は好まれる)に
貸して、収入にしよう、ということになる。
本来は違反なのだが、なんとなく大目に見られているところがあるが、
何かの弾みで「元々の貸主」に「又貸し」が発覚して、すぐに出て行け!と
理不尽なことを言い出す害虫のような家主もいた。

もちろん、自己所有のシャッアを公正に貸し出している大家もいる。

その辺り、やましいところがあっても無くても、たいてい「表の契約書」の
家賃を十分の一位にしてサインしてくれ、と大家がいいだすことがよくある。

何のためかといえば、実は税金対策なのである。

この場合、その代わり毎月の家賃には領収書を発行すること、という一項を
契約書に入れさせておく。
で、払った額面どおりの領収書を、しっかり保管しておくとよろしい。

契約終了時、これは結構威力を発揮する。
ナンダカンダとごね始めた時の、黄金の必殺右カウンターストレートを一発。

「それならかまわないけど、契約書とアナタのサインした領収書を税務署に
出すからね。いいんだね」

彼らの天敵は税務署なのだ。
エジプトの税務署、この類の副収入には結構厳しいらしい。
たいてい、ゴタゴタウダウダがぴたりと止まって、それなりにリーズナブルな
妥協線が成立する。

まあ、そんな調子で、カイロの生活はナンノカンノと交渉がついてまわる。
別に声を荒らげて争う必要は無いが、あきらめずにとにかく粘ること、
相手のいうなりにハイハイと契約などを進めないことなど、家探しに限らず
大切なことである。

結構つかれるのではあるけれど「人間的成長」の場に・・・
なっているのだろうか?

(6月23日配信)

  

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2006年06月24日

カイロ住宅事情 其の二 〜住居探しと大家の弱み〜 【第59話】(前編)

 カイロ住宅事情 其の二 〜住居探しと大家の弱み〜(前編)


●カイロ生活はメイド付き

前回、ピンからキリまであるけど、とにかくだだっ広い、という話をした。
そんなだだっ広いアパートメント(カイロでは「シャッア」という)を一人で
維持管理するのは大変なことだ。

しかも、風通しよくできたカイロの住居は、砂漠から砂埃の押し寄せる、
その名も「埃及(エジプト)」にあるわけで、当然のことながら、床に食卓に
拭いても拭っても半日もすれば砂埃が積もっていく。

この漢字名、元は中国語らしいけれど、見事なネーミングだといつも感心する。

でも、なんと、カイロではメイドを雇うのがアタリマエなのである。
メイド、というと「萌え」なるイメージが最近の日本で蔓延してるらしいが、
この場合は単に「お掃除のオバサン」だ。
「シャッガーラ」という。

「ご主人たまぁ」などと可愛らしい声でいったりはしない。
「ヤ、マダーム!」と、太くドスのきいた声で呼びかけてくれる。

だから、お掃除は基本的に「やってもらえるもの」だ。

料金は色々だが、週に3〜4日きてもらって月5千円〜1万円くらいが相場だ
ったと記憶している。
掃除洗濯片付けの類が、病気のように不得手な私には有難い話だった。

そう、ついにカイロを離れるとき、上司のイギリス人に
「カイロで一番懐かしくなりそうなものはなんだい」と聞かれて、
ごくシンプルに「シャッガーラ」と答えて呆れられたものだ。

一度は、腹を立てて思いっきりメイドを一人クビにした。
その時、カイロを離れていた夫にそう報告したら、
「で、掃除とかは誰がやるわけ?」と聞かれたこともある。
「私がやります」
「・・・無理だと、思うなあ・・・」

前回から嫌味くさい話ばかりで、読者の皆さんも辟易しているだろうが、
私は結婚生活初日から「メイド付き」だったのだ。
で、この巨大なシャッアを一人で掃除してまわるなんぞ、可能性以前の問題、
ということに二日ほどで気がついたものだった。


●住居探しの方法

1989年にカイロへ渡ってから、本当によく引越しをした。
最初の二年のカイロで四軒、次のミュンヘンで二軒、イスタンブルで二軒。
その後カイロに戻った五年間で、四軒。

カイロに関していえば、下は月100US$から上は2000US$まで、実に色々なところ
に住んだ。
だから、カイロの住居探しはかなり上手い方だと自負している。

方法は色々ある。

1980年代末ごろは、何故か街角のそこここに「不動産の口利き屋」を生業に
しているオジサンがいて、この辺なら住んでもいいなあ、と思うあたりで
「部屋探してるんだけど」とその辺の商店主あたりに言うと、どこからともなく
そういうオジサンが出現するのだった。

ただ、この類で成功した例はあまり聞いたことがなく、化け物屋敷のような
ところに連れて行かれるのが常だったので、結局のところ私はやらなくなった。

その後、ちゃんとした不動産屋が出てきたので、もうこの類の
「どこからともなく出てくる家捜し口利きオヤジ」は多分もういないのだろうな
と思う。
もういないと思うと、なんとなく寂しい気がする。
あれはあれで、なんともエジプトらしい存在ではあったから。

不動産屋だと手数料はとられるが(たいてい家賃一か月分)、まあまあまともな
ところを見つけてきてくれる。

外国人向けのスーパーマーケットにある「掲示板」にも、何度かお世話になった。
この辺に出ている広告は、大家本人が出していることも多いので、不動産屋の
手数料が不要だから便利だ。
ただし、当たるか否かは運次第。

幸い私は、二回当たりを引いた。

もう一つ多いのは「口コミ」で、これが意外によくある。
何故かカイロのエジプト人は、複数シャッアを持っている中〜大金持ちが
結構いて、まわりにそれとなく「シャッアさがしているんだけれどね」と
いっておくと、どこからともなく噂が広まって「オレの友達の弟が・・・」
「私の親戚が・・・」「姉さんのダンナの友達が・・・」と、パラパラ話が出
てくるから面白い。

こういう時、特に紹介料が出ているわけでもなさそうなのに、話を持ってきた
自分の知り合いが、たいてい一緒についてきてくれて、その友達なり親戚なり
姉さんとそのダンナなりが一緒にぞろぞろと現れて、家主と一緒に部屋を
見ることがよくあった。

で、気に入らなければ「ごめん」の一言ですむから、エジプト人は面白い。
まあ、好きというほどでもないが、なんだか憎めないところだと思う。


(後編に続く)

(6月23日配信)

  
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2006年06月18日

カイロ住宅事情 其の一 〜シンドラーのリフト(?)〜 【第58話】後編

前編より続く)

●カイロで高層階に住む

高所が苦手、と言いながら、住むところに関しては、あまり深く考えたことは
なかった。
知人宅が高層ならば「いやあ眺めがいいですね」と、単純に羨ましがって
いたくらいだ(でも、本能的に避けるのだか、バルコニーにはまず出ない)。

結婚してイスタンブルからカイロに移ってから半年ほど後、諸般の事情で
引越しをすることになった。
そうしたら、ビルはボロイが場所は便利で、内装も家具もステキな物件が
見つかった。
あまり深く考えなかったのだが、15階にあって、窓からナイル川が一望できる。

気に入ったので、猫らを連れて引っ越してきた。

しかし引越し後、どうもなんだか体調がスッキリしなくなったのである。
しかも、隣近所によれば、引っ越すまではわりあいとまともに動いていたという
エレベーターがしょっちゅう不調を起こす。

深夜すぎまで仕事で駆け回って、やっと我が家にタッチダウン・・・と思ったら、
門番がひどく情けない顔で「マダーム、エレベーター故障だ」と告げる。
これは、かなり応える。
チップを弾んで門番に書類かばんなどを持たせて、せめて手ぶらにできるとはいえ
15階までハイヒールのまま這い上がるのは、いかに足腰にはちょっと自信のある
ホテルマンのワタシにも、結構「苦行」な深夜二時、だった。

15階で降りようとした時、いきなり10センチばかりぐっと沈んだこともあった。
気絶しそうになった。

挙句、旧式のエアコンの室外機(下にはなにもなくて、ドカンと外に箱型に
突き出ている)の上で、猫らがよく昼寝をしているのを発見してしまった。

見た時は、冗談抜きで心臓が止まりそうになった。
長男タケゾウなんぞは、寝ぼけてベッドから落っこちたりするような、
超オマヌケくんなのだ。
呼び戻すにも及び腰で、えさで釣って呼び戻し、その後その窓は「開かずの窓」
とした。
猫に「高所恐怖症」はないらしい。


●シンドラーのリフト

「もう引っ越そう!」と、夫と話し合って家捜しを始めた頃の、とある朝まだき、
カイロで結構強い地震が起きた。

本当に、車酔いしそうな揺れが来た。

「グーラグーラグーラゴォン」と、夫。
「・・・とりあえず、今はここにいるのが安全だよね・・・」
「そうだなあ、でもさ・・・」

二人同時に言った「早く引っ越そう!」

余震というよりは「ビルの揺れ残り」がおさまるまで、あと数分かかった。
その間に、ワタシはぐっすり寝てしまったそうだ(とても疲れていたのだ)。
外では、一度大地震で怖い思いをした隣近所の大騒ぎが、遠く聞こえていた。

その後の物件探しで、階数をよく確かめないで見に行ったところは「23階」。
もう、窓から外を見るだけで具合が悪くなったものだ。

その時、大家が声を大にして強調したのは、
「ここのリフト(エレベーター)はスイスのシンドラー社製だ。
だから、問題ない。心配ない。大丈夫だ!!」

タイトルのわりにオチがこじんまりして申し訳ないが、今回の事態を聞いて、
なんだか複雑な心境で「あのときのこと」を思い出した次第。

尚、その後、ナイル川沿いの建物の三階に越した。
バルコニーで爽やかな朝の川風に吹かれていると、
これぞ贅沢、としみじみ思ったものである。

ついでに書き添えると、諸々の体の不調は解消し、どうも妙に落ち着きの
なかった猫らものんきな顔つきになった。

そんなこんなで、今回は思い出話だが、
次回はもうちょっと現実的な住環境のお話でも・・・インシャアッラー。

(2006年6月16日配信)
  
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2006年06月17日

カイロ住宅事情 其の一 〜シンドラーのリフト(?)〜 【第58話】前編

●ちょっとだけ高所恐怖症

昨今巷をにぎわせている、シンドラー社のエレベーターの話を聞いて、
カイロのころの話を思い出した。

その記憶と絡めて、住宅事情など。

私は基本的に「高所」というのが苦手だ。
まあ、眺めのいいトップフロアのレストランで食事、などと言うのは平気だし、
観覧車に乗るのも好きだ。
もちろん飛行機に乗るのだって平気なので「高所恐怖症」というほど大げさでは
ないものの「吹きっさらっし状態」の高所には近寄れない。

でもまあ「高層階でお食事」よりは「明るいテラスでお食事」だし、
「観覧車」よりは「公園のお散歩」だから、やっぱり得意科目ではないのだろう。
もちろん「飛行機」よりは「列車」なのは言うまでもない。
その選択肢がある限り、だが。

高層ホテルの外窓清掃の様子など、見ているだけで心臓の奥が痛くなるくらい
怖い。
ホントに怖い。

カイロ名所の「カイロタワー」など、二回ほどやむを得ず行ったが、
連れて行ったお客さんの前で笑顔を保つのが、恐ろしく苦しかったのを
覚えている。

あそこ、もちろん手すりはついているが、一番上は吹きっさらしなのだ。
その手すりだって、エジプト人の管理化にある。
馬鹿にするようなことを言ってはいけないだろうが、メンテナンス感覚が薄い
国民性なので、寄りかかる気にはなれない。
とりあえず、背中を内壁に貼り付けるようにして、さりげなくカニ歩きだ。

子供のころ三階くらいに数年住んだことはあるけれど、あとはずっと一軒家
だったし、何故かその後、学生時代の札幌から結婚してしばらく経つまで、
常に住居はせいぜいが5階くらいまで。
だから「眺めの良い高層階に住む」というのがどういうことか、
まともに考えたことはなかったのだ。

最近、スイスのシンドラー社のエレベーターに色々問題が起きて世間を
騒がせていたが、それでふとカイロでの出来事などを思い出してしまった。


●カイロの住居

カイロ都市部では、住居は大半がアパートメントだ。
日本と違って、石造りの建物が多い。
余程のことでもなければ、隣近所の家内での騒音が耳につくことはないし、
天井から足音がどかどか、ということもない。

基本的に屋外の熱気を取り込まないような構造になっているらしく、夏は外より
部屋の中のほうが涼しい。
建物が古いほどそうなる。

ついでに面白いのは、日本では暑いと窓を開けて風通しを良くして・・・とやるが、
カイロでは本格的に暑くなると、雨戸まで閉めて外の熱を遮断する。
外気温40度超え、などというときは別として、案外それでしのげるのだ。

カイロでは、下は月1万円程度から、上は月20万ほどの高級マンションまで、
ずいぶん色々なところに住んだ。

嫌味めいて聞こえるといけないが、一番高級なマンションは250平方メートル
で3LDKだった。
すべて高級家具までついて、普通の六畳間がワンセットでパンパンになるような
ソファのセットが、リビングに3セットばかり置いてあって、ロココ調の大食卓が
ゆったりと鎮座ましましていたものだ。

そこまでいかずとも、カイロのアパートメントは相対に広くできている。
大家族での生活が基本だから、チマチマとワンルーム、などという発想自体が
薄いのだ。
実際、子供がそれなりの年になったら家を出て一人暮らし、という発想はなくて、
男女問わず「結婚するまで親と同居」が常識だ。

外国人用の賃貸に出てくる物件に良くあるのが、息子が結婚するときのために
一応住居は用意してあるけれど、当座のところは空いているので、数年で帰国
する外国人に貸す、というパターンだ。

よく聞く冗談で、アメリカ人などが日本のワンルームマンションに入って、
「で、ここが玄関で、部屋はどこなの?」というのがあるが、
一度向こうに住みついてからたまに帰国すると、その気持ちがなんだか
わかる様な気がした。
私の実家が、所謂ワンルームの住居を賃貸していたことがあるのだけれど、
小さい部屋など「カイロの自宅のバスルーム」だった。

母に「ウチって狭いなあ」とぼやいたら「もう二度と帰ってこなくてよろしい」
と言われたこともある。

これ以上言うと、みなさんに嫌われそうだからやめておくが、とにかく各物件、
広いだけは広い。
建物の状態やら設備やらで、賃貸料は天と地ほど違うが、どっちみち広い。
ただし、ボロいところは恐ろしくボロいのではある。
そういう、だだっ広いだけでボロいアパートメントに住むのも、これはこれで
案外しんどいものだ。
(2006年6月16日配信)

→後編に続く

  
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