2006年04月07日

3/30配信『第50号』で紹介したアガサ・クリスティーの著書

『春にして君を離れ』



『さあ、あなたの暮らしぶりを話して』


なお、翻訳もすばらしいものである、と一言申しそえておきます。

ところで、書き忘れていましたが、ブログトップに出てくる「豪華ホテル」は、エジプトはアスワンの『カタラクトホテル』。
アガサも泊まって、ここで『ナイル殺人事件』を執筆したとやら。

「アガサ・クリスティー・スイート」なんて部屋がまだあって、空いてさえいれば見せてもらえます。見るだけタダ!
なお、ウィンストン・チャーチルご宿泊の「ウィンストン・チャーチル・スイート」もあります。やはり空いていれば見学可。

このホテル自体が文化財みたいなものなので、もしアスワンにいかれたら、是非旧館のテラスでお茶だけでも飲んでみてください。
テラスからの夕陽も、スライドショーでご紹介しております。  

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2006年04月05日

春にして君を離れ 〜アガサ・クリスティーと中東〜 【第50話】 (その4)

前回からの続き)

●驚き、でしかない

実はあまりにストーリーが滑らかなので、読者は当たり前のように陸の孤島に
連れ去られてしまうのだが、初めて読んでから20余年後、ふと考え直して

「は?!」

と驚きあきれたのである。

陸の孤島のようなレストハウスに、サーバントとボーイなど、現地の男しか
おらず数泊。車の乗客も彼女一人であったりする。

そもそも、こういう単独の旅行などを、当時の良家の奥様が結構当たり前に
やっているというのが面白い。

こんなルート、最近では、リュック背負った元気のいい旅行者でも、
多少の危険は覚悟の上で、のほほんとはしていないのに、
ジョーンの様子は「東京から熊本に出る」くらいだ。

それだけに、当時の英国の現地での強大さが強烈に感じられる。
彼らは、いまや戦乱の中にあるあの土地を、当たり前のように旅していたのだ。
男だけでない。いわゆる「婦女子」も。

確かに、本来住んでいる人間は善良ではあって、治安的な不安はないにせよ、
当時の英国人というのは「自分の国の延長」という感覚で
中東あたりを旅していたらしい。

最後のほうで、ジョーンは「あら、私のドイツの友人たちは、ヒットラーのこと
など何も悪く言っておりませんでしたけれど」なんて言っている。
そんな時代の話だ。

古きよき英国、というのは、こういうものだったのか・・・とつい考え込んで
地図など開いてしばらくの間、ぐうの音も出なかった。

オチはつかなかったが、あとは何を思うも読者の皆様の想像にゆだねよう。

そして、そんなとんでもない行程を当たり前にたどる途中、砂漠のど真ん中で
足止めを食う主人公。
やることも行くところも無いところで、内省と自省のモノローグを繰り返し、
また繰り返しながら、次第に彼女の人生の「ミステリー」が浮かび上がる。

どんな事件よりも、人生が最大の謎だと、ミステリーの女王は知っている。
是非とも一読をお勧めする一冊なのである。  
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2006年04月03日

春にして君を離れ 〜アガサ・クリスティーと中東〜 【第50話】 (その3)

前回からの続き)

●主人公の旅程

元の小説に話を戻そう。

そんなわけで、アガサは当時のあのあたりの状況やインフラに強かったので、
『春にして君を離れ』という小説が出来上がったのだと思う。

さて、これがどんなドラマティックなものかというと、なんということはない
一人のイギリス女性のモノローグだ。

この小説の主人公ジョーンは、いわゆる「良妻賢母」である。
それも20世紀初頭のイギリスの地方都市で、それを美徳と頑なに守ってきた
女性だ。

「かしこに生まれ、育ち、嫁ぎ、しかしてまた かしこに葬らる」
それを自分の当然の人生として生きてきた「しっかりした」女性。
完璧な姿を常に心がけ、自分でもその姿に満足しきっている。

物語の発端は、バグダードの鉄道敷設の責任者として赴任した男性に
嫁いで同行した次女が病の床につくところから始まる。
母としては、何を捨てても娘の身の回りを整えるために、
万難を排して飛んでいく「美徳」は当たり前のものだ。

時はおそらく第二次大戦勃発数年前ほどだったと思われる。

20年以上前に読んだときは、簡単に読み流したが、今になってみると
ジョーンは、実に強烈な旅程をこなしているのである。

話の中身を語ると、ミステリーの結末をしゃべるような小説なので、
ジョーンの旅程だけをざっとまとめよう。

往路は楽なものだった・・・とは言っても、3〜4日かかっている。
某イギリス地方都市からロンドンに出て、ブリンディシまで鉄道、
その後は船でエジプトに渡り、おそらくアレキサンドリアから鉄道で
カイロへ向かっている。

その間は語られていないが、どうもピラミッドも見物せずにバグダード行きの
飛行機に乗ったようだ。
そして、バグダードで病の床にある娘にかわって、イギリスにいるのと同じ様に
万事を指揮し整え「ゆっくりしていったら?」という娘とその夫に
「家に帰らなければ。私がいなければあの家は何一つうまくいかないのだから」
と、バグダードからトルコ国境近いモスル行きの列車に乗る。

モスルまでは半日程度の行程らしい。
距離にしてみれば300キロ程度なのだから、当時の鉄道旅行も大変だ。

その駅にある「レストハウス」というものに泊まり、車で7キロはなれた
テル・アブ・ハミドへ。そこで一泊してアレッポ行きの列車に乗り、
さらに乗り換えてイスタンブル行きの寝台特急へ。
そして、おなじみ「オリエント・エクスプレス」で数泊しながらロンドンへ。

順調に行けば、一週間程度の旅程なのだが、テル・アブ・ハミドの
砂漠のど真ん中のレストハウスまでの道が雨で悪路と化して立ち往生。
列車に乗り遅れた上、交通が遮断されて陸の孤島と化した場所に
たった一人取り残されてしまう。
周りにいるのは「メムサイープ」と彼女を呼ぶ、インド人の給仕と
土地の手伝いの少年だけ。

(次回へ続く)  
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2006年04月02日

『春にして君を離れ』

元となったシェイクスピアのソネットは以下参照。

From you have I been absent in the spring,
When proud-pied April dress'd in all his trim
Hath put a spirit of youth in every thing,
That heavy Saturn laugh'd and leap'd with him.
Yet nor the lays of birds nor the sweet smell
Of different flowers in odour and in hue
Could make me any summer's story tell,
Or from their proud lap pluck them where they grew;
Nor did I wonder at the lily's white,
Nor praise the deep vermilion in the rose;
They were but sweet, but figures of delight,
Drawn after you, you pattern of all those.
Yet seem'd it winter still, and, you away,
As with your shadow I with these did play:

現代語訳は岩波文庫から『ソネット集』高松雄一(訳)が出ている。

文語訳が入手できるところをご存知の方(私の買える値段で)、
お知らせいただければ幸いです。

本当は自分で訳をつけようかと思ったけど、畏れ多いので止めたのでした。  
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2006年04月01日

春にして君を離れ 〜アガサ・クリスティーと中東〜 【第50話】 (その1)

●アガサ・クリスティー『愛のシリーズ』

連載50回を迎えて、ついに頭のネジが緩んで飛んだわけではない。
実際のところ、もう飛んでいる(大半の読者がお気づきであろうと思う)。

しかも、飛んでって見つかんないんですよ。
困ったものです。
拾ってきていただくため、最後にお願いと「いい話」があるので、
読んでください。

前回は楠公がどうたら言ってたけど、今度はアガサ・クリスティー?
中東飽きたのか??
あ、最近変なブログで安っぽい食いもん話ばっかり書いてるせいだな。
安っぽい食いもんの代名詞って、イギリスだし・・・。

いいえっ!

ちょいとネタ切れ気味で、苦しい時がたまにあるのは事実だけれど(とほほ)
まだ続ける気でいます。
当分ご辛抱くださいまし。

まあ、記念ということで、今回は私の好きな小説の話をさせてほしい。
二十歳の時に初めて読んで以来の愛読書。

さて、アガサ・クリスティーのはなし。
知っている人は当たり前のように知っていると思うけれど、ちょっと御説明。


彼女はミステリー作家としては記念碑的存在だが、実はミステリーでない
普通の小説もいくつか書いている。
「メアリー・ウェストマコット」という、別の筆名で発表されて、
併せて六冊程出ているのだが、この中でも群を抜いて素晴らしい一作が、
この『春にして君を離れ』だ。
1944年刊行。


原題は "Absent in the Spring"。
元はシェイクスピアのソネットの一節。

日本では、ハヤカワ文庫が何を考えたのかわからないが『愛のシリーズ』
として赤い背表紙のミステリーと別に、NVのほうで出版されていた。

まるでこのネーミングじゃ、ハーレクイン・ロマンスのようだ。
確かにこの一連の作品でアガサ・クリスティーの描いた「愛」は、
男女が中心にあるが、とても淡々とした話ながら、
深く、強く、悲しく、時に厭らしく浅ましい。

そして当然のことながら
「深く強く悲しく厭らしく浅ましくミステリアス」なストーリーとなる。

出版社は最近装丁やコンセプトなどをようやく変えたらしい。
でも、あんな地味な話が絶版にもならずに売れ続けたのだから、
活字媒体全滅状態の日本においては奇跡のような話ではある。

よくぞ生き残ってくれたのものだ。
素直にうれしい。

次回へつづく)  
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