●御礼
まずは、御礼を申し上げたい。
なんと昨年三月三日の雛祭りの日から、一年が過ぎたのである。
雛祭りがどうしたというと、本連載が配信開始した日である。
そう、本号は一周年記念号なのだ。
なお、雛祭りは単なる偶然である。
本誌『軍事情報』主筆のエンリケ航海王子殿下が「大の桃好き」だから
「桃の節句」というわけでもない(言うまでもないことだが、果物の桃だ)。
まあ、無意識のうちになんとなく明るいスタートだったんだな、
とポジティブに考えることにしよう。
だからうまいこと『第50回』だったりするとよかったのに、と、年明けあたり
ちょっとサボってしまった回数を、よせばいいのに数えてみたら、
サボってなければ『第50回』だったという事実も判明した。
数えなきゃよかった。
開始当初は10回完結を想定しており、では25回位をめどに・・・
などといっていたら、アレレと一年経ってしまった。
連載打ち切りも通告されずに続けられたのは、ひとえに読者の皆様の温かい
励ましと、エンリケ殿下はじめ「おき軍事」スタッフ一同様のお支えと御理解
あってこそのもの。
この場を借りて、深く深く御礼申し上げたい。
このように四方八方に御礼申し上げて、今後の抱負などを語ってきれいに
終われればよかったのだが、それではただの「手抜き」である。
そもそも、今回が一周年ということに気づいたのが、
先週号を配信したあとだった。
そんなわけで、大変中途半端に「つづく、インシャアッラー」の話が
二つもある。
計画性のなさが露呈した感じだが、性分なので仕方ないし、と開き直って
「風刺画問題」のほうを続けようと思う。
本連載の合言葉は「マーレーシュ」と、この一言に尽きるのである。
●風刺画問題の続き 〜 改めて思う「欧州」の複雑さ
さて、今回の話の発端がデンマークだったので、
改めてヨーロッパを考えることになった。
最初「スカンジナビア」とひとくくりにしてみてから
「ちょっと待てよ」と立ち止まる。
かくして二週間前に
「あ〜もういいかげんになんか記事を書かなきゃあなぁ・・・
『風刺画問題』か。これは一応なんかコメントすべきだろうな〜」という
大変いいかげんなスタート地点を得て、ナンノカンノとぼんやり考えた結果、
なんとなく出てきた思考の垂れ流しである、とお詫び申し上げてから、
平気で公表してしまおうと思う。
言い訳がましくなるが、どうもこの単純思考は、
長いこと中東にどっぷり使っていた中東ボケもありそうに思える。
中東の場合、確かに各国の国情は違うとはいえ、ヨーロッパのように極端な
「各国個別の独特さ」は薄い。イスラームという非常に強いバックボーンをも
って、個々の文化を育みながらも、強い一体感のあるエリアなのである。
一方でヨーロッパの場合、艱難辛苦を乗り越えてEUを立ち上げてはいるけれど、
背後を支える絆や一体感は、はっきり言って薄い。
そもそも、集団で等しくメッカに向かって礼拝することを生活の基とする
イスラーム圏の人々が、良し悪しでなくて「集団での行動」を精神規範として
いるならば、ヨーロッパは皆様もよくよくご存知の「個人主義」の本家だ。
だから、今回の風刺画問題でまともな議論が成立する土壌自体、
あるわきゃあないんである。
もうひとつ敢えて言ってしまえば、そういう地域に着々と浸透する
イスラームの人々は、理屈ぬきに薄気味悪く見えても致し方ないだろう、
と考えた。
薄気味悪いやつらだ、と侮蔑しつつ(人種的優越感はヨーロッパのお家芸)
実は内心怖れているのでもある。
そりゃあ、彼らクリスチャンで、神様は信じているけれど、
何だってこんなにファナティックになっちゃうの??と「理解不能」なのだ。
日本人も一般にイスラームに対して、正直なところ「ちょっと薄気味悪い」
という感覚を持っていると思うのだが、ヨーロッパの場合ここに「侮蔑」が入る。
ヨーロッパお得意の人種差別感覚というやつだ。
しかも、各国事情はいろいろあれど、相当数のイスラーム人口が各国の中で
馬鹿にならない大きさのコミュニティーを作り上げるにいたって、
生理的な反感が急速に育っていったのは、不思議でもなんでもない。
イギリス、フランス、ドイツなど、いわゆる「大国」といわれている国々は、
この辺の薄気味悪さと怖れを何とか飲み込んで覆い隠そうとしてはきた。
特に過去、他国を征服することで「植民地」というえげつなくい領土拡張政策で、
歴史上いい思いをした国はうしろめたさもあったろう。
で、時がたつごとに色々面倒で厄介なことが出て気はしたけれど、
それなりにうまいことやってきたのだが、
デンマークという小さな国のおっちょこちょいが
『パンドラの箱』をうっかり開けてしまったわけだ。
ついでに付け加えておくと、ヨーロッパとアメリカではまた感覚が違う。
ついつい私も「欧米」とひとくくりにしてしまいがちなのだけれども、
感覚の違いを端的に言えば、
「アメリカ人は有色人種を『差別』し、ヨーロッパ人は『区別』する」
というところに尽きるだろう。
だから、アメリカの反イスラーム感情は、ヨーロッパのそれとはまた違う。
人種的、国家的優越感などの部分で重なるところは確かにあるが、
私に言わせると多分に政治的な色合いが強く、ヨーロッパと違って
「アメリカ的一体感」というバックボーンに支えられているから、
これはこれでたちが悪い。
なんせ"United States"。
ヨーロッパのように"Union"じゃない、つまり、寄り合い所帯じゃないのだ。
とりあえず、私がこの場で反省するべきは、前回の記事で
「欧米圏でのイスラーム対クリスチャン対立の構図」なんて、
いかにも口当たりのいい類型化をしてしまったことだ。
そんな単純な話ではない。
また、ヨーロッパに移住定住したイスラーム層と、
本来イスラーム圏に居住する層では、内包する問題が違う、という事実もある。
あまりに複雑なので、ちょっと時間をかけて解きほぐしていこうと思う。
とりあえずは、こんな構図なのではないか、と思い至った段階である。
●風刺画騒動のその後
と、いろいろ考えさせられている間に、大変ばかげたニュースを耳にして、
なんだか膝から力が抜けたような気分になってしまった。
ユランズ・ポステンという、そもそもの騒動の発端になった新聞、
2月23日付けにて『ビクトル賞』なる賞を受けていたというのである。
受賞の理由は「脅威にさらされた表現の自由を数カ月にわたり守った」とのこと。
ナンノコッチャ、と思えば、デンマーク国内のメディアに出されるものだそうな。
なに考えてるのやら、と授与の元を聞いたら、"Ekstra Bladet"なるタブロイ
ド紙。
とほほ。
ヨーロッパによくある「タブロイド紙」というのは、ゴシップやらが主体の夕
刊紙で、広告収入の多くはセックス産業関連。まあ日本の「Tスポ」とか「Nス
ポ」の程度を、もっと極端に低くしたものと考えてよい。
新聞についてちょっと解説すると、欧米(この場合は一緒くたでよろしい)の
場合、読む新聞で階層、知的レベル、場合によっては政治的主義主張までが知
れる。
日本のように、朝パリッとスーツにネクタイを決めて『日経』片手に背筋を伸
ばして出勤するビジネスマンが、帰りの電車じゃ『東スポ』をぐしゃぐしゃに
握り締めて、ネクタイゆるゆるの酔っ払いオトーサンと化すことはないのだ。
まあこれは、日本ならではの情けない光景ながら、いやみなスノビズムがない
ので、個人的には愛情を感じるものではあるけれど。
尚、例に挙がった『ビジネスマン』が誰のことかは、読者諸氏のご想像に託す
ことにする。
私もドイツにいたころ、速読の練習のためにタブロイドを買ってきて、当時の
同居人に「恥かしい!"Die Zeit"を読め!」と非難されたことがある。
で、実際読んでみて、二日でやめてしまった。
あれは「見る新聞」で、読むものではないのである。
だからドイツ語のお勉強にはなりません。
尚、一応弁解しておくと、ワタシのドイツ語はいまや速読どころか「超遅読」
もNGになっちまったが。
で、件の"Ekstra Bladet"、基本的にはリベラルを標榜しているが、要するに
「売れれば何でもいい」報道姿勢。
ユランズ・ポステンの場合、編集方針はともあれ、少なくともデンマーク国内
では『一流紙』の扱いになっているはずだ。
しかも、トップが一応ナンダカンダと「どうもまずかったかなあ」という詫び
とも謝罪とも言い訳ともつかん発言をしているのではある。デンマーク語など
さっぱり読めないから、本当のところどういうニュアンスで何を発言したのか、
自分の目で確かめられないのが残念だが、どうも前向きな反省というよりは
「愚痴」に近い。
と、いうより、まるで反省している様子はない。
挙句にこういう低レベルなタブロイド紙から「よくできました」と褒められて、
素直に受けてしまうのだから、確信犯的に悪意があるのか、まるっきり思考能
力のない阿呆なのか、それともデンマークの国のマスコミというのは、そこま
で仲良しこよしの田舎クラブ的なのか・・・と、逆にいろいろ考えてしまった。
どうなっているのかねえ。
日本で例えていえば、東スポが読売新聞に「報道の自由を守った事実を讃え、
これを賞する」と賞を出したようなもんだ。
読売新聞がこの状況で、東スポから賞を受けるか?
受けないでしょう?
確かに日本の十分の一程度の国土で、大新聞といったって15万部程度という
ことだ。
デンマークって、そんなに素朴な田舎の国なのかなあ・・・と、つい思ってし
まう。
●北欧について
さて前回、北欧についての自分の無知さに改めて呆れて、ちょいとにわか勉強
をした。
所詮はにわか勉強だからたかが知れているが、各国それぞれの漠然とした輪郭
は見えた気がした。
それにしても、北欧関連の書籍が意外なほど少ないのには驚いた。
中東関連書が山をなすのと対照的である。
まあ、行ったこともない国の話を延々と解説するのも妙なので、
とりあえずわかりやすいジョークをひとつ。
イギリス人のD.コナリーが『スカンディナヴィア人』という本で書いたものだ
(新潮社『北欧』より)。
船が難波し、北欧各国の男たちが二人ずつ一つの無人島に漂着した。
彼らが島から救出されるまでに、デンマーク人は二人で協同組合を作り、ノル
ウェー人は釣り舟を作り、フィンランド人は木という木を切り倒し、そしてス
ウェーデン人は相手から自己紹介されるのを待ち続けた。
もうひとつ。
やはり同じ状況下、デンマーク人はジョークを言い続け、ノルウェー人は喧嘩
し続け、フィンランド人は酒を飲み続け、そしてスウェーデン人は相手から自
己紹介されるのを待ち続けた。
なるほど、と思う話である。
いろいろな方から情報をいただいたが、どうもフィンランドはちょっと傾向が
違うようだ。
違うけれども、隣人としてうまくやっている、というところらしい。
さて残る三国の場合、地図を見ても一目瞭然だが、ざっくりとノルウェーとス
ウェーデンの国土はほぼ日本と同じ一方で、デンマークは前述したが十分の一。
だから、デンマークは地理的にそうであるように、北欧の中では「一番ヨーロ
ッパ的」らしい。
その上にあるノルウェーは、自然気候条件の厳しい山岳地帯とともに天然資源
を持ち、スウェーデンは全体に国土が豊かである。
で、ノルウェー人はスウェーデン人に、なんとなくコンプレックスがあるとの
ことだ。
しかし、スウェーデン人は特にノルウェー人に特殊な思惑はないらしい。
ふんふん、なるほど。
●なぜ、デンマークだったのか?
上記の状況に、デンマークの国内情勢とイスラーム系の移民状況を重ねると、
事の発端がデンマークで起きたのが何故か、うっすらわかるような気がする。
そもそも、ヨーロッパ各国それぞれの事情で、イスラーム系の移民を「低賃金
の働き手」として受け入れ始めたのが二次大戦後の1960年代だ。
当時はヨーロッパの景気もよかったし、階層意識の強いヨーロッパのことだか
ら、掃除やごみ処理、土木工事といった「汚れ仕事」に自ら手を下さずに済ま
せて、ついでに安上がりな労働力を「輸入」することにしたのである。
ところが70年代初めのオイルショック以降、ヨーロッパの景気は一気に低迷
し始める。
その辺の事情は各国で違うが、こうした「経済難民」を積極的に受け入れて、
居住と労働を許した状態が10年以上続けば、どこであろうがイスラームのコ
ミュニティーが発生し拡大する。
自業自得の結果とはいえ、このコミュニティーは定住した国と馴染み交わろう
としない。
ヨーロッパというのは、どこの国でも「そこの国民としての規律と生活を身に
付けて、そこの国の言葉を覚えてその国の人間のように振舞って溶け込めば、
一応存在を認めてやるよ」という姿勢がある。
国によって程度の多少はあるけれど、間違いなくある。
しかし、異文化を持ち込んで、そのままの生活を基本的に崩さないコミュニテ
ィーが国内に生まれたら、これは非常に薄気味悪がられるのは間違いない。
それで済めばまだいいほうで、迫害や差別の対象にすらなる。
これについてあえて非難はすまい。
日本だって同じだと思うからだ。
イスラーム系住民のしめる割合は、"MUSLIM POPULATION WORLDWIDE"の、以下
サイトに詳しい。
http://www.islamicpopulation.com/europe_general.html
国民総数からすれば、数も規模も当然違うだろうが、デンマークの場合、ドイ
ツやスウェーデンと大体似たような「約3%」という数字が出ている。
たかが3%と侮れない。
ルーテル派のプロテスタントが92%を占めるこの国では、第二位につける宗教
がイスラームとなるからだ。
スウェーデンも似たような状況らしいし、難民受け入れには前向きである。
ノルウェーの場合は、現政権がパレスチナ問題に前向きに取り組んだ実績がある。
ドイツ、イギリス、フランスなどヨーロッパの大国は、それぞれの事情と歴史
的背景を持って、現状と何とか対応しようとしている(しかし、テロの温床に
なっているような現状では、前途多難ではあるようだ)。
さて、デンマークはどうかといえば、2001年まではわりあい難民受け入れに積
極的で、現状そうした政治難民としてデンマークに移住してきたイスラーム人
口は、デンマークで定住している中でも40%を占めるという。
しかし、2001年にラスムセン党首が率いる自由党が第一党となり、ラスムセン
政権が発足。
「外国人移民対策の強化」を強く訴えて、国民の支持を得たのである。
このいわゆる「保守右派路線」が国民の支持を得る、ということは、デンマー
クという国自体に他のスカンジナビア諸国のような余裕がなくなってきている、
ということなのではなかろうか。
以降、移民受け入れの条件や外国人へのビザの発給基準が、他のスカンジナビ
ア諸国と比べて相当に厳しくなる。
こういう状況を考えて、ついでに先ほどのジョークもかぶせてみると、「パン
ドラの箱」を開けたオッチョコチョイがデンマークでも、それはなるほど不思
議はないな、という思いに至る。
北の田舎のジョーク好きが、お身内感覚のちょっと悪趣味な悪ふざけをやって
みたら、うっかりフランスのイジワルなやつに見つかって、大騒ぎになってし
まった・・・ということか。
尚、デンマークの主要産業は酪農で、乳製品の輸出はデンマーク経済でも重要
なところである。
裕福なアラブ諸国で、デンマーク産乳製品の徹底的な不買が起きたら、これは
ちょっとした打撃に違いない。
ユランズ・ポステン紙は、きっとこの辺りの企業スポンサーに軒並み見放され
ているんだろうな、と思うと、ちょっと溜飲が下がる思いはする。