2006年03月10日

中東治安事情 其の三 〜実録!イスタンブル集団検挙未遂事件〜 【第47話】

●一周年記念、後記

「私が犯罪の被害にあったことが全然ない、というわけでもない」
と、以前に書いた。
「つづく、インシャアッラー」ということで終わったわけなので、
神の御心のままに実例をご紹介しようと思う。

頭を使うのに飽きて疲れてきた、というのもある。
前回なんぞ、あんまりにいろんなことを考えすぎたうえに、
アクアビット&チェイサーはビールなんてやっているうちに、
素直に告白すれば本人完全にわけがわからなくなってしまった。

デンマーク、おそるべし。

それはただの酔っ払いだろう!というお叱りは、頭をたれて甘んじて受けます。
スミマセン・・・。

まあ、記念日の類に妙に気負うと、ろくなことにならぬよい例である。
ハシャギ体質の己を、改めて戒める次第だ。

ただ、移民問題は9・11にもつながる非常に奥の深い話なので、
ひとつ大事なテーマとして暖めていきたい。
私が理解し、何らかの形で語れる限り。
読者の皆様の思うところ、感じるところも、是非教えていただきたいものだ。

で、一周年記念、と粋なエンリケ殿下からロゼのシャンパンなど頂戴した。
梅も綻ぶ季節柄、すっかり世界が桃色に染まっている今日この頃・・・などと、
浮かれていたら、もう次の原稿が迫ってくる。

世の現実とはこういうものだ。


●我が『内蔵アンテナ』

私はわりと若いころから、若い女性が一人歩きするには剣呑な地域を徘徊して
いたが、
意外に実際の犯罪被害にあったケースは少ない。
旅行中という場合に限れば、すっきりとゼロだ。

旅行中というのは何かと緊張しているし、どうも私の場合は
特殊なアンテナみたいなものが、単独行動中ピコピコしているようなのだ。

ピコピコに反応して、突然後ろを振り返ると、なんだか急に
背後10メートル程にいる妙なオトコがあさってのほうを見たりする。
この類のピコピコが一番激しかったのは、21歳の時のマドリード。
32歳の時、夫と二人連れなのに同じ事が起きたから、多分あの辺はそういう
エリアなのだろう。
マドリードのピアッツァ・デル・ソル近辺である。

次に嫌だったのは、1980年代半ばくらいの香港だった。
九龍側の大通りだった。昼も多いが、日が傾くともう絶え間ない。

単なる臆病かもしれないが、立ち止まって後ろを振り返る瞬間に、
妙な感じが消える。
消えて歩き出すと、別の気配がピコピコちくちくし始める。

これが100mも歩く間に5回くらい繰り返されるエリアは「要注意」と
刷り込んだものだった。

もちろん「我が最愛のローマ」でもそういうことはおきるが、
こちらはもうちょっとおっとりしていて、後ろを振り返るまでもなく、
立ち止まって「気づいたぞ」と意思表示した段階で変な気配が消える。

なんと表現したらよいかわからないのだが、後頭部の右側くらいに
イヤな重みがくるのだ。
ただし、これは緊張している時のみ稼動するらしい。


●そしてイスタンブル・・・

だから、旅行中はいいが、問題は普通に現地で暮らしている場合である。
イスタンブルでは、睡眠薬強盗、それも特に日本人を狙い撃ちにした事件が
後をたたず、当時もすでに町の中心は要注意エリアとなりつつあった。

そしてある日、私はスリにあったのである。
午前中トルコ語の学校に行き(勤務先の業務命令で強制的に通わされていた)、
同級生の韓国人の男の子と歩いていた。
たまたま足元の悪いところがあって、横にいる彼と話しながら
ふと散漫になったとき、なんだか「物凄くいや〜な感じ」がして、
ハンドバッグを見たらふたが開いている。
中にあるはずの財布は、当然ない。
後ろから追い越して、歩く速度を速めた男の背中が見える。

よりによってその日、私は現金を200ドルほど財布に入れていたのである。
いうまでもなく「USドル」だ。
今もそうだが、当時の私にとっては死活問題にかかわる大金。
考える余裕はない。
なんとなく「あいつだ!」と思った男の後を追った。

隣をのんびり歩いていた韓国の留学生は、突然般若の形相になった私に
たまげたに違いない。

「財布すられた。多分、あの男よ」
「え〜でもどぉしてそれが〜・・・」

藁にもすがろうというのか、なりふりかまわんというのか、何とも言いようが
ないけれど、あの瞬間の私の頭の中には「財布を返せ!」しかなかった。

男、次の角で曲がる。
いよいよ怪しい。
「ヘイ!」と、大きな声で呼びかける、と、ぴくっと背中を縮めて
後ろを向くではないか。

「ビンゴ!」とつぶやきながらツカツカと男のところに行く。
後ろめたいことのない人間が、いきなり後ろから声をかけられて
反応するはずはない。

面と向かって、思い切り声をあげた。
「私の財布を返しなさいっ!」

すると、おせっかいで暇な連中が、ワラワラと沸いて出て人だかりができた。

「あんた、私のお財布取ったでしょ! 返しなさいっ!!」

相手は当然認めるわけなく、あ〜だのこ〜だの言い募る。
仲間らしきものも出てきて、やはりあ〜だのこ〜だの言い募る。
まるで無関係なオッサンたちも、そこいらの商店などから沸いて出てきて
やっぱりあ〜だのこ〜だの言い募る。

約20名ほどが「あ〜だこ〜だ団子状態」と化した。

「はい、ここまで。ここにいるものは仲間とみなす。
全員それじゃあ、警察に行こう!
私の知り合いに警察のオフィサーがいます(うそです)」

すると、なんだか団子状態の人々がもめ出したのである。

今になって思うに、あの辺の連中は全員グルだったんじゃないかと思う。
目をつけた男のジャケットのポケットなどは、思いっきり探りまくったが
何も出なかった。仲間にすでに渡していたようだ。

でも騒いでいるうち、もみあう集団の足元に、ぽとりんと
私の財布が落ちてきたのだった。

すばやく拾って中を改めると、とりあえず被害なし。
こうなったら、逃げるが勝ちである。
同行の真面目で優しい韓国人留学生が
「皆さん、どうもすみません。あ〜、テシャッキル・イデルズ。
ありがとうございま・・・」
とか何とかやってる腕をつかんで現場から早足で逃げた。

「え〜、警察は・・・?」
「いいの、あれは言ってみただけ」
「あ・・・でも・・・」
「ほれ、さっさと退散!」

本当は、こんなことをやってはいけない。
私はたまたま、返り討ちにも会わず、何事もなく被害を無にしたが、
これは僥倖だったと思う。
下手をしたらもっと陰惨でいやらしい話になっていかねなかった、と思うと、
今でも我ながら背筋が寒くなる。

でもあの時は、怒りのあまり火の玉のような状態になっていたのである。
このエネルギーが、ポジティブに作動したのは、本当に何よりだった。

それにしても、連係プレーで盗んだ財布を渡されたやつが、のこのこ帰って
くるんだから、のんきなものだなあ、と今更ながら少しあきれる。

どっちにせよ、責任は手元不注意の私にあるのだけれど。


●トルコの要注意犯罪 〜睡眠薬強盗〜

スリ、空き巣、引ったくりというところについては、ヨーロッパの一部や
アメリカなどと違って、基本的な用心さえ怠らなければよかったが、
私がイスタンブルにいた1993年ごろに、恐ろしく悪質化した犯罪がある。
睡眠薬強盗だ。

たちの悪いことに、これが日本人観光客を狙い打ちにし始めたのがこの頃だ。
私は当時、目抜き通りのホテルの、しかもロビーのど真ん中に配置されていた
から、顔中擦り傷だらけになった若い男性旅行者がよろよろと迷い込んでくる
のには、偶然何度か遭遇した。

気になるので事情を聞くと、かなり慎重に注意を払って旅行しているのに、
見事な騙まし討ちで身ぐるみ剥がれ・・・というケースだ。

自分はエジプトの(又はシリアの、アフリカ某国などの)旅行者なんだけれど、
一緒に行動しないかい?と持ちかけてくる。
当然、用心深いまともな旅行者は相手にしないのだが、偶然を装って何度か
街角でばったり会ううち会話が始まって、国の現状や社会への不満、
若い世代の連帯・・・という、実に共感を誘う話題を真摯に語るそうだ。
次第に打ち解けていくうちに「あ、ジュースあげるよ」と未開封の紙パックを
一つ差し出す。

この紙パックに、実は注射器で睡眠薬が仕込んであるのである。

在イスタンブル領事館の関係者も「自業自得で不注意!と、言ってしまえない、
しっかりした人までが被害にあっているんです」と嘆いていた。
この場合一番辛いのは、真摯に仲間意識を持って語り合った相手に裏切られた、
という思いだろう。
お金も怪我も痛いが、何より気持ちの痛みが思いやられる。

身ぐるみ剥がれてから真冬の屋外に放置されて、凍死した旅行者まで出た。
まったくひどい話だ。

結果、旅行者が軒並み極端に用心深くなって、各所で差し出されるお茶を拒否
するようになった。
これはこれで「まあ、お茶でものみなよ」がどこでも挨拶代わりのトルコでは、
実に悲しい光景となる。

こういう人には、ラウンジで温かい飲み物など御馳走して、話を聞いて、
国際電話は「私の私用扱い」ということで安くつないでもらったものだ
(もちろん料金はもらったけど、ホテルは手数料が高い)。

こんなことが何回かあって、やれやれ困ったもんだ、と思っていたら、
なぜかナンノカンノと相談事を持ち込む旅行者が現れ始めた。

私自身、一人で旅行しているときに、随分いろいろな人に助けてもらったり
親切にしてもらったりしている。
こういうことは順送りだから、そうそう冷たく扱いたくはないのだが
「一緒に旅行していたオトコに金を持ち逃げされたから、お金を貸してほしい」
といきなり現れて言い出す女の子だの、
「歯が痛いんですが、あさってイタリアに移動なんです。
イスタンブルの歯医者さんて、大丈夫なんでしょうか?」と、どこの誰かも
名乗らず電話してくる奴だのが出てくるにいたって、ちょっと考えてしまった。

上記がホテル滞在のゲストならば、これは仕事だから全力を上げてベストな
解決法を考えるが、そうじゃなくて、バックパッカーが多いエリアに
ご滞在の方々である。

どうも「あそこのホテルの日本人に相談すれば、うまいこと助けてくれる」と
いう噂がこの界隈に発生したらしい。
だから、相手によっては相当冷たくあしらったこともある。
恨まれてるかもしれない。

この程度のことも自分で対処できないのなら、頼むから
日本でじっとしているか、パッケージツアーできてほしいもんだ。

しばらく前に「自己責任」という言葉が流行って、うまく定着してくれた。
これは、日本人にはよいことだったと、しみじみ思っている。
まあ、その言葉の意味がわかっている人は、あれこれ言わなくてもわかって
いるのに、わからん人は結局わからんような気がするのではあるけれど。

(060309配信)  

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2006年02月24日

中東治安事情 其の二 〜『治安』と『危険』の感覚 (2)〜 【第45話】

●再び、治安について

前回、預言者ムハンマド風刺画問題を突然取り上げて、こっちの話題は
一ヶ月以上前に「つづく」としてそのまんまになっていた。

風刺画問題とヨーロッパの移民状況を、北欧を中心に考える・・・というテーマ
も、やっぱり「つづく」なのだが、何冊か本を手に入れて、情報は読者の方や
知人友人家族など、いろいろ話を聞いているところ。
だから、先にきた「つづく」を続けることにした次第。

前回は、湾岸戦争当時に私が肌で感じた状況のことなど書いてみた。
要するに、非常時といっても、案外現地が静かな場合もある、ということだ。

ただし、こればかりは行ってみなければわからない。
あと、行った挙句に半泣き顔でビビりまくるくらいなら、やめとくのがよろしい。
周りの人が迷惑ですからね。

もうひとつ、外務省が明確に「行ってはいけない」という地域には、特殊な職務
や義務を負った例外的な人々以外は「行かない」のが常識だと思う。
冒険心、怖いもの見たさから人道的理由まで、理由はいろいろだろうが、
行った本人の身に何かあったとき、振り回される人間はいるし、外務省が
乗り出す事態になればそこにかかる費用は我々国民の「血税」から出て行く。

エジプトでも、アビドスのオシリス神殿や、デンデラのハトホル神殿が、
かなり長いこと「行ってはいけない地域」に指定されていた。
アビドスの神殿などは、数あるエジプトの神殿群の中でも個人的に一番好きな
神殿で、非常にスピリチュアルな清浄さを感じるものだ。

神殿内部の壁画
神殿内部の壁画
レリーフの色彩が美しい。


歴代のファラオの名を記した『王名表』
歴代のファラオの名を記した『王名表』
ハトシェプスト、ツタンカーメンといった、いわくつきの王名は抜けている。



(いすれも写真は「Osiris Express」より)

ただ、割合と近くにあるアッシュートという町では、キリスト教徒が多く住む
こともあって、イスラーム原理主義の過激派が一時期かなり暴れていたのである。
観光客がそのとばっちりを受けるといけない、ということで、
外務省が「行ってはいけません」としていたわけだ。

しかし、ダメといわれると行きたくなるものなのか、なんとなく行ってきて、
ついでに得意げに「行ってきちゃった」と手記まで出す者がいて、内心憤然と
なったことがある。

行ってアンタが事故やらで死ぬのは勝手だが、そのとばっちりはコチトラ観光業
関係者にくるんだっ!

いや、実に身勝手な「経済的理由」なのだが、観光関係者一同の血の滲むような
努力で、ようやく日本人の観光が戻ってきつつあったころだ。
それが、すべて水の泡になりかねないのである。

ついでに大変心の狭いところを告白すれば、私だってもう一度行きたいのを
必死で我慢しているんだぁ! というのもある。

まあ、後者の理由はどうでもいいとして、要するに、
いわゆる危険地にひとたび入れば、あなたの命はあなただけのものでなくなる、
と、ここのところを一度、声を大にして言いたかったわけだ。

「オメエのお遊びに使う、国費はネェ!」だ。
(知っている人は『次長課長』の「タンメン」でやってください・・・)

なお、念のため、アビドスもデンデラも現在は
「行っても良いが、きちんと警察の先導と護衛をつけて行動すること」
となっている。
また、この護衛のコンボイは、さすが観光大国エジプト(?)、有料である。
具体的にいくらか聞いたことはないのだが(知ってる方、教えてください)
相当な額が「上納」されるらしい。


●「日常の治安」と「非日常の治安」

以上は、政情的な不安からくる「治安」である。
自爆テロ、爆弾テロなど、テロリズムがらみの事件や事故に巻き込まれる
可能性は、残念ながらゼロにはならない。

ただし、これは何の気休めにもならなかろうが、ゼロじゃないのは世界中同じ
なんである。

これはまた思い出話だけれど、カイロのホテルの営業で日本出張するたびに
「エジプトって危険なイメージでねぇ・・・」
と、毎度渋い顔をされていたものだったが、サリン事件の直後だけは
「日本でも起きるときは起きるではないですか」
と反論できた。

こういう、いってみれば非日常的な事件は、イスラーム原理主義がらみの
テロであれ、そうでないものであれ、世界中どこにいったってある。

まあ、昨今のベイルートなどでは日常的に上空で「ドカン」と爆弾みたいな
音がするんだそうだ。

「あれ、なに?」と驚いて聞いたらば、
「ああ、イスラエルの戦闘機だねえ。音速を超えるときあんな音になるのよ。
困るんだよねえ。威嚇のために飛んでくだけなんだけど、うるさいし
うっとおしいなあ」

と、こともなげに現地の人は答えたとやら。
さすがレバノンまでくると「日常と非日常の境」もかなり違うようだ。
でも、実害がない限りは日常の風景となる。
蛇足だが。


●日常の治安、そして住み心地について

さて、そんな状態だから、中東って怖いところだと思われがちである。
女性が一人で住むなど、とてつもなく勇気ある行動のように
驚かれることが多い。

しかし、こういう「非日常的治安」と「日常的治安」は、別物なのである。
私が一人で住んだのは、ミュンヘンとイスタンブルとカイロの三都市だ。
個人的に感じた治安は、

1.カイロ、2.イスタンブル、3.ミュンヘン

というところ。
もちろん「住んでいて安全な順番」である。
とくに「日本女性の一人暮らし」という観点から見ている。

2と3はほぼ同率としてもいいかもしれない。
日本は3位ミュンヘンと同じくらいか。

どの都市にしてみても、基本的な注意を怠らず、物騒なところに出入りしない、
夜道の一人歩きは避ける、戸締りはしっかりと、人ごみなどで携行品には常に
注意を払う、知らない人に声をかけられたら無視して相手にしない・・・と、
普通に日本で生活しているスタンダードを守れば、そんなに怖い思いを
することはない。

ただし、イスタンブルなどトルコの都市部では、観光客目当ての犯罪はかなり
悪質なものがあるので、この辺はミュンヘンや東京より悪いかもしれない。
それでもミュンヘンを下に置いたのは、観光客に限らず、外国人を狙い撃ちに
した暴力事件や嫌がらせが往々にして発生するからだ。

あくまで私が個人的に見たり効いたり感じたりしたことなので、
異論はあるかもしれないし、当時は東西ドイツ再統合の前後で、東ドイツを
はじめとして、東欧から一斉にさまざまな人間が流れ込んで、特に南部国境に
近いミュンヘンは相当混沌としていた感があるから、
今は変わっているかもしれない。


●ミュンヘンでの『わが闘争』

でもとにかく、当時のミュンヘンの場合、スーパーマーケットやら商店やらで
始終釣り銭はごまかされるし、昼間っから怪しげな薬でどこかにイッちゃった
ような、目の焦点の合わない若いのが地下鉄や鉄道駅の地下構内の片隅で
たむろってるし・・・と、トルコやエジプトではない嫌な雰囲気があった。

釣り銭ごまかしなどは、エジプトやトルコでも無くはないけれど、
あからさまに東洋人を狙い撃ちにする、いかにも性の悪そうなレジ打ちの
オバハンなんというのはいない。
日本人はアグレッシブに抗議しないのを見越しての行動だから、悪質だ。

当時の私の場合、どんな時でも絶対にあきらめなかった。
とりあえず「お釣りが少ない」と申し述べ、むやみに早口で攻撃的な返事が
帰ってくると、こっちも大声で

「いくら出して、レシートはいくらで、お釣りはいくらのはずなのに、
あんたはこれしか返してないんだよ! いくらいくら、返せ!!」

と、怒鳴り返す(ついでに、周囲で待ってる人たちにもアピールする)。

尚、この「怒鳴る」という行為が有効なのは、ドイツあたりであって、
エジプトやトルコではよほどでない限り、事態を混乱させるだけだ。
念のため。

ドイツでは、商店の閉店時間が見事なほどタイトに定まっていて、
しかも土曜は昼まで、日曜祝日は休み、というのが徹底している
(だから労働者には優しい国ではある)。
夕刻閉店ぎりぎりともなれば、長蛇の列がイライラしながら順番待ちを
しているのが常だ。

それを見ながら粘るのは、結構疲れることなのだが、
ここで私が泣き寝入りなどしたら、このオババはまた別の東洋人相手に
同じことをやるであろう。
若かったので「我が同胞のためにも、私は戦ってやる!」とか、思ってたのだ。
しかも、当時薄給極貧生活だった私には、500円程度だって重要な生活費。
下手すると一日分の食費に相当する(とほほ)。
若かったから、根性決めて怒鳴りまくる体力もあった。

たいていそうすると、向こうが根負けするか、周囲が「いいかげんにせよ」
とオババを諌めてくれる。
憮然と釣り銭を受け取りながら、やれやれ、と溜息。
下手をすると、ボーっとお釣りを多く渡してしまうカイロの店員が、
ひどく恋しかったものだ。

そういうわけで、ドイツなんて一見スマートで文化性に満ち溢れて見える国が
案外住みにいこともある。

カイロなど、確かにそれなりに町のルールがあって、慣れないと戸惑うけれど、
外国人には親切だし、日本の女性には特に親切だし(時に過剰なほど・・・)、
日常生活については気楽な国だ。

だから、私が犯罪の被害にあったことが全然ない、というわけでもない。
この話は、また改めて・・・。

(つづく→そのうちにまた、インシャアッラー)  
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2006年01月19日

中東治安事情 其の一 〜『治安』と『危険』の感覚 (1) 〜【第43話】

●中東は治安が悪い?

エジプトにいました、トルコにいましたと言うと、
「あの辺、危なくて大変でしょう?」
「治安はどうなんですか、かなり悪そうだけれど」
などときかれる。
特にエジプトのイメージが悪いようだ。

テロのイメージから、中東一帯はひどく危険なところのように思う人が多い。
イスラム教が一見したところ不可解に見えるし、言っては悪いがヒゲ面で
険しそうな目の現地の男性らもそんなイメージを高めてしまうのだろう。

しかし、生活していくうえでの一般的な治安は、取り立てて悪くない、
というのが本当のところだ。
もちろん国による差はあって、私が肌で知っているのは、エジプト、トルコと
後はヨルダンくらいのものだが、この三カ国に関して言えば、最近の日本と
同じ程度か、下手をすると日本より良いくらいだ。

もちろん戦争や内乱が勃発中など、政治情勢が安定していない国は別の話で、
これは日常の治安云々以前の問題。子供でもわかる話だ。


●外務省の海外渡航情報

政治情勢は大きく治安にかかわるもので、その辺の情勢は外務省が細かく
安全情報を出している。

一昔前は「危険度」という言葉を使っていたが、表現が以下のように変わった。
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