2006年05月07日

バンコクの接待

わが夫はバンコクなどに何度か仕事でいっている。
彼はタイ料理は大好きなのに、取引先は『和食』と言い張ると・・・。
和食は接待くらいでしかいけないから、彼らが和食に行きたいらしい。

「今夜は僕は是非、タイ式キックボクシングを見学に行きたい!」
と、いったらば、なんだのかんだのと結局のところ
「タイ式スキヤキ」で終わったそうだ。
担当者、ムエタイ嫌いだったんですと。

かなり違うけど、まあいいか、と思ったそうである。

でも、それで和食に連れて行かれて、現地駐在の日本の人たちに
「いや〜、日本語うまいねえ。どこで覚えたの?」
「普通のタイの人のなまりと違うねえ!」(そりゃ、熊本山間部なので・・・)

で、どこまでも日本人と信じてもらえなかったそうで・・・。

確かに彼は、サイパンの空港でも現地スタッフと間違えられていましたが。  

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2005年12月30日

初公開!

アブシンベル大神殿と怪しい東洋人051230この怪しい東洋人は、ワタクシの私設特派員も兼務している。

友人らは「ご主人様」と呼びなさい、といつも言う。

で、かつての恩師に「うちの主人が・・・」といったら、
「貴女のような人でも『主人』という言葉を使うんですねえ、いや、一時期『夫』を『主人』と呼ばない人たちがいたでしょう」
と不思議がられた。

「だって先生、私の友達はみんな『アンタのような猛獣を立派に飼いならしてくれているんだから、ご主人様で間違いない』って言ってます」

身長183センチ、体重は自称95キロ(そんなはずはない)。
でも、子供の時から肉食が苦手だ。

「ご主人、ナニ食べてあんな体になったんですか?」
という問いには
「象だって、河馬だって、水牛だって、プロントザウルスだって草食じゃないですか・・・」と、過去13年間オノレに言い聞かせてきたことを、そっくり答えることにしている。

ちなみに背後にあるのはアブシンベル・大神殿です。  
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2005年11月21日

レバノン料理(ヨルダンにて)

夫は中東界隈で「今夜の食事は何がいい?」ときかれると、
即座に「レバノン料理!」と叫ぶ人である。もうなんだかすっかり嵌ってしまっているのだ。

で、わざわざ写真をとってきてくれる。
食べているものは毎度大して変わり映えしないが美味しそうで悔しい!

今回の写真は、アンマンの以下のレストランにて撮影。

www.fakhreldin.com

構えからしても高級そうだが、コースは10JDから(1JD=168円くらい)だから、現地の金持ち相手とすればそう法外でもないように思う。
カイロでもちょっといいところで外食すれば、一人5000円くらいはかかるもんだったし。

いかに現地の物価が安いとはいえ、外食というのは贅沢なのだ。
で、贅沢品は高くつくのが、こういう土地のお約束。

ところで「写真をとってもいいか?」と会食相手に聞くと、満面の笑みとともに「どうぞどうぞ!」となるんだそうだが、食べ物だけ撮って「ハイ、ありがとう」というと、
決まって「俺たちの写真は?!」と激しいブーイングが出るとやら。

・・・そりゃあそうでしょう・・・。
本人はしれっとカメラをしまっちゃうんだ。
やれやれ。
  
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2005年11月17日

『コーヒールンバ』補足と訂正

我が弟は世界の民俗音楽にやたらと詳しい。
その彼から第34話に関してコメントをもらったので、記事の補足と訂正をかね
てご紹介する。

「ブログの『コーヒールンバ』のところで
『アラブのお坊さんが…というのはまんざら間違いでもないが、コンガ、マラ
カスは…』とあったけど、これが案外関係なくもない。
俺はかねてから、アラブと南米には不思議なつながりがあるな、と思っている。
アラブ系の移民もけっこういるようだし、音楽なんかだとちょっとアラブ風の
旋律のやつは『オリエンタル』という。
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2005年11月16日

うちの弟

当連載には、とりあえず約一名、スタート以来の忠実な読者がいる。
何を隠そう我が弟である。自称「ぶらぶらナンバーワンの優良読者(?)」だ。
20代のはじめ、ギターを背負ってナホトカ経由シベリア鉄道でヨーロッパに出て、途中ストリート演奏で路銀を稼ぎながらカイロの拙宅まで流れ着いて、姉の手配でいんちきガイドをやらされていたこともある。
あるクリスマスの夜には、酔っ払った勢いでラムシス中央駅の前でストリートライブを敢行した。

「シェケナベィベ〜、カモンカモンカモンカモン、イェ〜!」

一応それなりに受けたが「オマワリくるから、そろそろやめときなさいよ」という冷静な観衆のアドバイスであえなく撤退。
「おーい、バクシーシ!」と帽子を握って観衆の後を追う私は、弟に引きずられて退場。
「姉ちゃん、目がマジで恥ずかしかった」って、本気でいくらかおひねりがくるかと思ってたんだ、ワタシは!

十年以上経って、そもそもあの街は「戒厳令下」だった、ということを知ったが、まあ若い日の恥はかき捨てだ。やったのは弟だし。ハハハハハ。

しかし、逮捕拘束されなくて幸いでした。

  
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