2005年12月31日

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エジプトとキリスト教 其の二 〜キリスト教源流の地〜 【第42話】

●キリスト教の聖地巡礼

エジプトというのは実は、キリスト教の源流ともいえる地だ。
ツーリズムの中で確かに単なる観光の比重は大きいが、実は「巡礼」という部
分も馬鹿にならない。

一般的なツアー構成は、カイロからルクソール、アスワンと遺跡を回るパター
ンだが、実はひっそりと定番がもうひとつある。
カイロに一泊後、西に向かい、バスで陸路スエズ運河を越えてシナイ半島を突
っ切っていくツアーだ。
タバという国境の町までエジプトの手配で行き、そこからイスラエルへ入国す
る。

シナイ半島にリゾート以外に何があるのかって?
あります。あるんですよ。

案外ピンとこないものだけれど、映画『十戒』を思い出していただきたい。
エジプトを追われて西の荒地を放浪していたモーゼが、その妻と出会ういわゆ
る『出会いの井戸』はシナイ半島だし、神の啓示を受けた『燃えるシバの木』
もそこにある。エジプトで苦難にあえぐ、ユダヤの民を連れて渡った海は『紅
海』であり、神から『十戒』を賜ったのは『シナイ山』。
モーゼの物語の舞台はシナイ半島なのだ。
スエズから35キロくらいの地点には、苦い水の沸く泉に杖を投げ込み甘い水に
変えるという秘蹟をモーセが行った『アイン・ムーサ(モーセの泉)』もある。
時代はラムセス二世とその息子メレンプタハの時代だ。

そう、巡礼ツアーが飛行機で安直に飛ばず、ひたすらバスで丸一日かけてシナ
イ半島を旅するのは、こういった秘蹟の地を回るためでもある。

『燃えるシバの木』と『出会いの井戸』は、いずれも聖カトリーナ修道院にあ
る。
ちょうどシナイ山の中腹にある、ギリシャ正教の修道院だ。
この辺混乱しやすいのだが、後述するエジプトは紅海のカイロ側にある修道院
はコプト教のものだ。
ギリシャ正教とは同じ東方正教なのだが、宗派が違う。

聖カトリーナ修道院は、元々は東ローマ帝国が建立したものだ。

ものすごく単純に言ってしまえば、アレクサンドリアを中心に広がったコプト
教とは逆方向の、コンスタンティノープルから流れてきたもので、発生元が違
うのだ。
こんな説明だと顰蹙を買いそうだが、詳しく書くとあまりに細かくなりそうな
ので(どんどん墓穴を掘りそうだし)、あ、そう・・・くらいで読み流してく
ださい。


●シナイ山ツアー

実はこの巡礼ツアーは、ガイド泣かせなのだ。

そもそも、エジプトにいるガイドというのは、ひたすら古代エジプトの遺跡の
ことを死に物狂いで頭に叩き込むところからはじめるのだが、このツアーでは
そういう知識がまるっきり役に立たないのである。モーセとラムセスがちらっ
と噛むくらいで、後は全く知識のベクトルが違う。

そして、結構な強行軍なのである。
朝到着したグループを、丸一日カイロ観光で引っ張りまわし(大半のツアーで
パスする「オールドカイロ」というキリスト教地区ももれなく回らねばならな
い)、翌日は朝6時ごろバスでカイロを出る。
点々と史跡を守りながら、やっと聖カトリーナの町に辿り着くころには、日も
とっぷりと暮れている。
夕食後、即寝る。
なんといっても、このツアーのハイライトは「シナイ山頂で日の出を礼拝する」
というところにあるからだ。と、いうことは、日の出の時間前までに片道最低
三時間かかる「山登り」を終えて山頂にいなければいけないのである。

かくして、深夜二時起床、登山開始となる。

内心ああだこうだ言いながらも、シナイ山の日の出は清々しく厳粛だ。
とりあえず堕落した心を戒めて下山。その後、修道院を見学してからバスでイ
スラエルの国境へ。
こういうツアーではお客さんも心の清いやさしい方ばかりで、名残惜しげに手
を振る皆さんを見送り、国境に向かうバスを見送る。

で、そのあとは運がよければ同じバス、運が悪いとガタボロのその辺の車をチ
ャーターして、シナイ半島を逆にひたすら突っ切ってカイロに戻る。二泊三日
だが、正直言って普通のツアーの倍くらい消耗する。

そう、新人ガイドとしてまっさらに清い状態でカイロに現れた時、「ご信教は
何か特に?」と、今思えば白々しいほどさりげなく聞かれたのである。
「一応クリスチャンです」と答えた瞬間、周囲の表情がいきなり明るくなった。
ナンダナンダと思ったらそういうことなのであった。

おかげで、ありがたい巡礼は2年ほどの間に10回ほど果たした。
不良不信心な私だが、これで少しは罪がすすがれたろうか、と思うことがある。


●キリスト教源流の地、エジプト

さて、ここで質問。
「世界最古の修道院はどこにあるでしょう?」
答えは「エジプト」なのだ。

聖アントニオス修道院が最古で、3世紀末ごろに弟子たちとともに修道生活の
地を現在の場所に築いた。隣(といっても車で10分ほどはかかる)に聖パウロ
修道院がある。
紅海沿いにスエズからハルガダへ向かう途中、陸に向かって砂漠に曲がり、ひ
たすら走ると忽然と現れる。

実は私は両方行って、聖パウロ修道院に一泊したことがある。
先日講演会のご案内をした、金子貴一氏のアシスタントとしてくっついていっ
たのである。
眠い目をこすりながら朝三時からの祈祷にも参加した。

昔ドイツの家庭でクリスマスを過ごしたとき、一度だけクリスマスのミサに参
加してたまげた話は以前触れた( http://arima.livedoor.biz/archives/27578568.html )。
しかし、このときあの修道院で見たものは、また違う世界だったと記憶してい
る。
不謹慎で恐縮ながら、本人強烈に眠かったので、ある種のトランス状態(又は
居眠り気味)だったのだが、神に向かう真摯な気持ちと力を強烈に感じたもの
である。

砂漠の修道院群はもう一箇所ある。
ワディ・ナトルーン(塩の谷)といって、古代エジプトの時代にミイラを作る
のに使う「塩」が取れたという枯れ谷で、現在は紅海沿いの二つの修道院と同
様に、茫漠とした砂漠にある。

330年に聖アントニオスに教えを受けた聖マカリウスが、同地に入って修道生
活をはじめ、そのうちに修行者が増えて宗教共同体のようになっていったとい
う。
最盛期は50あった修道院も、時を経て4つとなったが、いまだにコプト教徒の
信仰の礎として信徒たちを支えている。

アレキサンドリアとカイロを結ぶ砂漠道路の、ちょうど中間くらいを砂漠に向
かって突き進むと忽然と修道院が現れる。
それぞれの修道院はかなり離れているので、普通は車が必要である。
しかし「修行」ということで、歩いてくる信徒もいるということだ。


●コプト教徒たち

そんなわけで私は、聖カトリーナを除くと、巡礼というよりは「観光兼取材」
の感覚で各所を訪ねたのだが、内心それなりにクリスチャンらしい事をした気
分になっていたのでもある。
ワディ・ナトルーンに行った時、泊まっていたホテルのフロントがコプト教徒
だったので「今日行って来た」と言ったら「初めて?」ときかれた。

彼はできる限り時間を作って、週に一度はワディ・ナトルーンに出かけるとい
う。
一人で行って、祈りとともにいろいろと奉仕活動をするのだそうだ。

他の知人にも機会があると聞いてみたら、こういう修道院へしばしば祈りと奉
仕に出かけるのは、エジプトのコプト教徒としては割合当たり前のことらしい。
修道院がここまである意味開放的で、一般信徒との交流が深いのは、エジプト
独特のことのように思える。
やはり、マイノリティーとして信仰の場が限られるからなのだろうか?

普通に生活している限り、イスラム教徒の側では特にコプトを差別したりして
いる様子は、表向きは見られない。お互い普通に仲良くしている要に見えるし、
イスラム教徒がコプト教徒に何かあからさまな嫌がらせをしているような現場
をみたことはない。

それでも、コプト教徒にしてみれば、おおっぴらに伸び伸びと信仰を語るイス
ラム教徒は面白くない存在なのだろう。だからといって、イスラム教徒に向か
ってそういうことを口にすることは決してない。
その辺の鬱憤が、前回書いた断食中のランチ風景などに現れるわけだ。


●その他エピソード

1.勤め先のホテルが、あるときいったい何を思ったのか、ラマダーン中に営
業マンの研修セミナーをやるといいだした。外国人主体のマネジメントだと、
いいところも多いが時々こういう「ナニ考えてんの?」というような頓珍漢な
こともおきる。
確かに仕事は暇だけど、まじめに勉強しようなどという意欲ゼロなのも目に見
えているのに・・・。

講師は某トレーニング会社から派遣されたイギリス人。
最初に時間割が発表された時点で「早く帰りたいし、ランチなど食べないから、
昼休みはいらない!」という大合唱が起きた。おいおいこらこら・・・と思っ
て一人だけいるコプト教徒の同僚に目をやれば、なんとなくあさってのほうを
眺めている。

講師はその辺の細かい常識には疎いらしくて(無理もないけれど)、本人もラ
ンチ抜きになろうに「OK、わかった」と了解してしまった。やれやれ。

で、自分の貴重なランチタイムを守るためにも、私はこっそりと目立たぬよう
に「この国はイスラム教徒だけじゃないんですよ、センセ」と耳打ちした次第
である。
翌日「マネジメント側からの要請で、ランチ時間は平常にとることとなった」
という発表に巻き起こるブーイング。
コプト教徒の同僚は「ふふふ」と私に目配せをくれたのだった。

2.でも、そういうことがあったから、コプト教徒に何か嫌がらせが起きる、
というようなことはない。しかし、これはイスラム教徒が多い組織の場合だ。
どこの国でも、マイノリティーに属する人々が排他的な企業体やグループを作
りことはあるもので、エジプトもその例外ではない。

コプト教徒がマジョリティーになった企業の場合、イスラム教徒の扱いはそれ
はそれはひどいものだということである。私の知人も一人某銀行に入ったが、
上司がコプト教徒でイスラム教徒の彼は徹底的にいびり倒されたということで
ある。
まあ、そういう会社なら事前に調べればわかることだし、第一なんで彼を採用
したのか?と、不思議ではあるが、この辺結構屈折しているものだなあと思う
ことがあった。

エジプトはイスラームの国、と単純に考えていると、案外複雑な社会構造があ
ったりするのである。

尚、エジプトでトンカツが食べられるのは、コプト教徒が独占事業を打ち立て
ているからである。
不敬ながら神に感謝したものではあった。

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「活きた知識」満載の「アラブとの接し方マニュアル」になっています
報道できなかった自衛隊イラク従軍記【軍事情報のオススメ本】at 2007年04月10日 17:47
「活きた知識」満載の「アラブとの接し方マニュアル」になっています
報道できなかった自衛隊イラク従軍記【軍事情報のオススメ本】at 2007年04月10日 18:02
この記事へのコメント
新年おめでとうございます。

 昨年、アリーマさんのブログにめぐり合えて嬉しかったです。
 このエジプトとキリスト教 其の二 〜キリスト教源流の地〜 【第42話】は、お正月になってようやくじっくり読ませていただきました。前回のつづきとあって楽しみでした。
 うーん、世界最古の修道院はエジプトだったの、しらなかったー!
そして、かの有名なシナイ山、まだ行っていない私は「清々しく厳粛だ」という言葉に心が躍ったのです。

 そして、何よりも全く知らない分野であるコプト教の人々の社会とイスラム教の社会とのふれあう場面が印象的です。こうしてみさせていただくとクリスチャンであるアリーマさんが、かたよることなく一歩ひいて冷静にエジプト社会を見ていらっしゃることがわかります。
 これからも楽しみにしておりますので、よろしくお願いします。
Posted by miriyun at 2006年01月04日 15:55
miriyunさん

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

東方正教というのは非常に興味深いのですが、イスラームと違って(これはキリスト教全般に程度の差はあれいえますが)どうも全容が見えにくい世界です。
あまりに勉強不足なので、あえて避けてきたのですが、まあ年の締めくくりに「別の世界」のさわりだけでも・・・ということで書いてみました。
何かのご参考になったならばうれしいことです。

また是非いろいろ教えてください。
そちらのブログもまた覗かせていただきますね。
Posted by アリーマ at 2006年01月04日 23:58

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