2005年12月17日

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中東犬猫話 其の三 〜犬たちの受難〜 【第40話】 Vol.2

●深夜の野犬狩り

犬の話に戻ろう。

私がはじめてカイロに行った1980年代末から比べて、十年ほどの間に町の野犬
はずいぶん減った。
最近では夜歩きに金属バットなんていうこともないだろう。
何しろ、やるといったら徹底的にやるエジプト政府、どうもある時期
「野犬一掃作戦」に出たらしいのだ。

カイロに行ったばかりのころ、深夜にパァン、パァンという音が良く聞こえた
ものだった。
何だろ、爆竹?などと思って、たまに耳を澄ましていると、パァンの後に
「キャイーン」という悲鳴・・・まさかと思って知り合いに聞いたら
「野犬狩りだよ」とあっさり言われた。

・・・ていうことは、あれは「銃声」・・・?!
するとその後の「キャイーン」は・・・と、背筋がちょっと冷たくなった。
確かに、いつもうようよいる犬が、なんだか今日は突然少ないなあ、
と思うことはあったのだが、あの「パァン」「キャイーン」と頭の中で
つながっていなかったのである。

そんなわけで最初は妙に気分が暗くなったのだが、慣れというのは
恐ろしいもので、半年もすると「ああ、またやってるなあ」くらいの感覚に
なってしまった。
殺される犬はかわいそうだが、私も実際に群れに囲まれて相当肝を冷やした
ことがあるのだ。
たまたま昼日中で、気がついた通りすがりの人たちが棒やら石やらで追い払っ
てくれたから良かったようなものの、バッグ一つない手ぶらで応戦しようにも
敵は十匹ばかり。
「へっへっへ・・・」みたいな顔つきで、ぺろりんと私の脛をなめてくる。
こういうとき、知らん顔をせずにちゃんと誰かが助けにきてくれるのは、
エジプトのいいところだと思う。

徹底掃討作戦が功を奏したか、現在カイロ市内中心部で野良犬は目立たなく
なったはずだが、まだ郊外や地方などでは徹底していないとも聞く。
犬好きにはつらいかも知れないが、狂犬病の恐れもあることだし、カイロに
限らず中東界隈では、気楽に野良犬に近づいて触れたり餌をやったりするのは
やめておいたほうが無難だ。


●軍用犬に防弾ジャケット

エジプトに限らず、イスラーム圏では犬を屠殺することに抵抗が薄い。
世相が荒れている時などは、かつてのカイロのように簡単に銃を向けられる。

これは去年の話だが、イラク駐留の米軍では軍用犬に防弾ジャケットが
支給されたそうだ。
なんと一着1000ドルなり。
でも、軍用犬の訓練育成には何でも一匹6万ドルもかかるとか。
イラクの群集の銃弾で野犬並にむやみと撃たれていてはたまらないし、
何よりも「自分たちのパートナーを守るため」という。
しかも、反米気運の高い中である。
文字通り「アメリカの犬」ということになったら、もう格好の標的だろう。
一匹につき1000ドルのボディーアーマーくらい、安いものだということである。

防弾ジャケット、役に立ってくれているといいのだけれど。

余談だが、カイロのホテルに勤務していたころ、この「アメリカの軍用犬」は
何度か見たことがある。
勤務先はアメリカ大使館御用達だったので、VIPがくれば必ず関係者が
ホテル中を埋め尽くしたものだ。
カイロの各国大使館は、少なくとも先進国に関しては基本的に大臣クラス以上
のVIPのミッションが宿泊するホテルはほぼ固定していた。
裏動線まで把握して、使い慣れたホテルが警備上都合がよいかららしい。

アメリカ大使館の場合、ホテル内の宴会場にPXまで設置する。
ホテル関係者なのをいいことに、へらへらと入っていって覗いたら、
バドワイザーが一缶90セントだった。
「売っておくれ〜」と一度ダメもとで頼んだけど、だめでした、ハイ。

で、軍用犬も遥々アメリカからやってくるのである。
もう見るからに毛並みも姿も良いジャーマン・シェパードたち。
たまたまエレベーターのなかなどで会って「時差ぼけとれたかい?」と、
頭などなでても、一瞥くれるだけで反応なし。
「任務中なので悪しからず」と、慇懃に無視された感じがしたものである。
犬に恐縮するワタシなのであった。

「犬がホテル内をうろついている!」
「なんと汚らわしい!!」
などなどとブーたれるエジプト人スタッフもいたが、ワタシは内心
「キミたちより、おりこうかもよ」と呟いていたのであった。
そんなことを冗談でも口にしたら、ホテル中を敵にまわすので、
もちろん口に出さなかったけれど。


●言ってはいけない言葉

犬はアラビア語で「カルブ」という。
これはエジプトのアーンミーヤもフスハーも同じだ。

日本で「犬畜生にも劣るやつ!」などと言うが、イスラーム圏では
「この、犬!」というのはもっと激しい罵りの言葉になる。
これは、基本的に言ってはいけない。
言われたほうは、完全に逆上すること間違いなしだ。
陰口をたたく時も「あのカルブ!」などと誰かか言ったら、言われた相手は
完全に侮蔑されきっている。

もうちょっとマイルドに「この馬鹿」くらいだと、ロバがよく出てくる。
「ホマール」という(フスハーで「ヒマール」)。
本来、よく働くし、預言者ムハンマド自身も可愛がっていたというので、
宗教的に不浄ではないのだが、頑固頑迷の代名詞のようになっている。
まあ、人をののしるのは基本的によろしくないことだけれど、カルブよりは
ホマールのほうが救いがある。

さて、それで、キリスト教圏では口にできるがイスラーム圏では間違っても
言ってはいけない動物は「豚」だ。
「ハンジーン」、フスハーで「ヒンジーン」。
言った瞬間、間違いなく、どんなに相手が悪くても言ったあなたの人間として
の品性が疑われる。
実際この単語、口にするのも汚らわしいようで、言う時は大体口をひん曲げて
顔をしかめているくらいだ。

彼の地にいかれる方は、どうぞお気をつけあれ。


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この記事へのコメント
こんにちは!
イヌもネコも大好きな私としては、「キャーン」を聞いたらやっぱり切なくなると思います。。。
田舎のほうで、イヌを飼っていると言ったら「Oh〜my Go〜〜d!」と言われちゃいました(T T)
でもイエメンで我が家のワンコの写真を見せたら、「ちっちゃいじゃないか!?かわいい」とたぶんお愛想でしょうが、言ってくれました^^;

>「キミたちより、おりこうかもよ」と呟いていたのであった。
ウケちゃいました☆
Posted by SuuSuu at 2005年12月17日 15:31
SuuSuuさん

どうもこの記事を書いたあとで思ったんですが、小型の室内犬は「違う種類の犬」という意識がひそかにありそうです。お金持ちが飼ってる話はきいたことがあります。

確かに切ないんですが、誰が管理するわけでもないのでとにかく増え続け、本当に町の治安に影響するくらいだったのです・・・やっぱりいい気持ちはしないですけれどね。

Posted by アリーマ at 2005年12月17日 16:31
実は私が初期に覚えたアラビア語の中にこの「カルブ」がありました。
夫の何をしでかすか分からない弟のことを、「彼のニックネームはカルブだよ」と教えられたんです。「彼の名前は?」ときかれ「カルブ」と答えるとめちゃウケ! 本人もめちゃウケ。「カルブ」「ワッハハ」「カルブ!」「ワッハハ!!」なんてね。変な家族でしょ。
外人の女が変な発音で言ったから受けたんですね。
そうと分かってからも、まだ言ってます。外では絶対に言わないけど。

Posted by mona at 2005年12月18日 05:41
monaさん

いや、それって、わりと典型的にエジプシャンなジョークのセンスかも・・・。
なんか同じこと何度も言わせて、何度もバカ受けするんですよね〜。

ワタシも一度、一個だけできる「ノクタ(小話)」をちょろっと同僚相手にやったら、エジプト人の部長のところに連れて行かれ、他の部局に連れて行かれ、なんかしばらくは「あれ、やれ」と同じ冗談話を何回やらされたかわかりません。
で、何回同じのきいても、ギャハハハハハとかバカ受けするんです。
まあ、なんか言うとすぐ「さむ〜い」なんていわれる日本より、アホらしけど楽しいのは確かですが。

あと、日本語のネコは男性器のことです。悪質なやつは、オッタは日本語でなんていうか言ってみろ、などときいてきます。ご参考まで。
Posted by アリーマ at 2005年12月18日 12:34
70年代のイエメンでも野良犬が増えて困っていたところ、公共工事のために渡来していた韓国人労働者達が野良犬を食べ尽くしたので野良犬が居なくなり、イエメン人が喜んだそうです。
韓国人が他国の役に立った稀な例ですねw
もっとも、イエメンでも食べ残した犬の頭はそこらに捨てたんでしょうがw
http://blog.goo.ne.jp/pandiani/e/d916e04c7f98b796725e6cb04c270ca2

エジプトも韓国人労働者を雇えば野犬狩りをしなくてすんだかもしれませんね?w
Posted by pb at 2005年12月19日 18:34
pbさま
エジプトの場合、湾岸と違って外国人労働者を受け入れる余裕はないでしょうね。なにしろ、自国の労働力がこれ以上ないくらい安いので・・・。

ところで、中国がスーダンに最近大量に送り込んでいる中国人労働者は、せっせと犬を食べているらしいのですが、借りているアパートメントのお風呂場などで処理するので大家がショックを受けるケースが結構あるんだそうです。

Posted by アリーマ at 2005年12月19日 21:56

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