2005年09月30日

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【第29話】 ラマダーンの風景 其の一

●もうすぐラマダーン

延々二ヶ月以上、酒の話が続いた。
先週やっと一段落して、暦を改めてみたら、来週末ごろからラマダーンが
始まるではないか。
ふう、終わっていてよかったな。
この時節にかかると、さすがに彼の地の酒の話というのはちょっと不謹慎だ。


そうか今年は十月上旬なのか、と思うと、
カイロを離れてからずいぶん経ったのだなあと感慨深い。
カイロ最後の数年間は、年末年始にかかるころにラマダンがかかっていたので、
ツアーグループの動きに合わせて色々な調整に腐心したものだ。

・・・と淡々と始めてしまうと、なんのこっちゃ?となるかもしれないので、
まずは地道に「ラマダーンて何?」というところから始めよう。
よくご存知の向きもあるとは思うけれど、念のため。


●イスラーム世界の暦について

ラマダーンというのは、イスラム暦(正式にはヒジュラ暦)第9の月の名前だ。

ヒジュラ暦は太陰暦で、月の動きを基にするから一年は354日。
西暦のような太陽暦とは約11日のずれがある。

毎年ずれるというのは、そういうことだ。

この暦では、月は新月から始まり新月で終わる。
そして一日は日没に始まる。
日中は熱暑厳しい土地ゆえに、月が安らぎの象徴だったのかもしれない。

月の満ち欠けの見え方は、地域により違うので、同じイスラーム圏であっても
マグレブとイランあたりでは、誤差が生じる。
各地各国で、イスラム神学の権威が月の動きを読んで、ラマダン月の始まりと
終わりを告げる。

ただし、世俗的な暦としては、イスラーム諸国でも太陽暦を採用している。
必ずしも「西暦」ではないが、国際的なスタンダードに合わせられるようには
なっている。

詳しくは、面白い計算表があるので、以下を参照されたい。

イスラム暦換算表
http://koyomi.vis.ne.jp/directjp.cgi?http://koyomi.vis.ne.jp/sub/islamic.htm

上記は、イスラム暦もそうだが、暦のすべてを網羅した
なんとも凄まじく素晴らしいサイトである。
私は一度はまってしばらく出てこられず、よって原稿が遅れているのだ。


●ラマダーン月の断食について

この月、イスラム教徒は夜明けから日没までの間、飲食を絶つ。
煙草もだめだ。厳しい人は生唾が沸いても飲み込まずに吐き出す。
そういった、精進潔斎の期間である。

このラマダーン月の間に徳を積むと、日ごろの不徳が許されるという
教えがある。
また、この期間に積んだ徳は、日ごろより尊しとされる。
よく混同されているようだけれど、ラマダーンというのは「灼熱」という意だ。
「断食」=「サウム」という語彙とは関係がない。
断食だけが特に取りざたされるのは、とりあえず全員が等しく行うからで、
この月は「断食を『はじめとした』徳を積み、禊を祓う期間」なのだ。

この前の酒話などでお分かりの通り、エジプトにいる不敬なイスラム教徒が
この時期だけは実に真面目なイスラム教徒に化けることがよくある。
禊を祓うために、酒色に明け暮れた不心得ものたちも真剣に参加するのだ。

「え? あんたまで??!!」と、驚くことはよくあった。
「お前のようなやつが、一ヶ月断食したら禊になるほど、イスラム教って
安直なものなのかい?!」
と、友人にごねたこともある。
「いや〜はははは」という反応しかこなかったが、どうも真面目にやっている
ようではあった。

飲む打つ買うノムウツカウ・・・のワルツで日々過ごしている類の
エジプト人(♂)の話だ。
まあ、一ヶ月ワルツを止めて真面目に祈るというのなら、
確かに立派かもしれない。
私、一ヶ月お酒をたったことなど、物心ついてから一度もないので・・・。


●「断食」の意味とは?

先にも書いたが「断食」をアラビア語では「サウム」という。
根源的には、貧しくて満足に食事を取れぬ人々の辛さを、
富めるものも貧しきものも等しく分かち合い、共感しあう為に断食を行う。
「サウム」の後、つまり断食月に日が落ちて、新しい日が始まる時の食事は
「イフタール」だ。

通常は、普段の「朝に食べる朝食」をイフタールという。
語源は「開く」という意味の「ファタハ」だ。

で、一日の最初の食事だから、英訳すると"breakfast"である。

ここで正直に告白すると、初めてエジプトに行った年のラマダーン月、
勤め先の社長の厚意で
「ブレックファースト・パーティーが明日6時ごろからあるので、
参加するように」といわれた時は、
何が楽しくて朝の6時からパーティーに行かねばならんのだ?!と、
かなり馬鹿げた不満を言っていた記憶がある。

同僚に「変だよねえ」といったら、「それはね・・・」と教えてもらえた。
一人だけ馬鹿を見ずにすんで幸いだった。

イフタールの宴は、当然西暦で言うところの「夕刻六時」スタートだ。
ちなみに、英語の"fast"にも「断食する」という意味がある。
朝ごはん前は、基本的に皆寝ているから、その間は断食している。
で、朝起きて"fast"している状態を"break"するから、"breakfast"。

ご参考までに。


●ラマダーン月の風景

「断食」というと、なにやらオドロオドロしいほど厳粛で潔癖なイメージが
あるのだが、「夜明けから日没まで」なのだ。
それを言ったら、私なぞ忙しい時はしょっちゅう断食してる。
自慢にもならないけれど、忙しくて朝食べそこね、昼日没後・・・なんていう
ことは、以前はよくあった。

特に、過去十年ばかりは、ラマダンはいつも冬で、
日の出から日の入りまでの間は短かったのだ。
特に最後にカイロにいた5年間は、特に「昼」の短い時期だったから、
ぶつぶつ言う同僚に同情する気になれなかったのをよく覚えている。

食事のサイクルをちょこっと調整すれば、我慢できないものでもない。
でも、我慢せよとなると辛いものらしい。

人間の欲望というのは面白い。
この間イスラーム圏では、食料品は通常の三倍売れるのだ。
普段はお目にかからない、この期間だけの特別なお菓子やら食べ物やらも
出回る。
そして、昼間待ち焦がれた「朝ごはん(イフタール)」のために、
家庭なりレストランなりは、ご馳走をこれでもかと用意する。

この「イフタール」開始は、カイロの場合はシタデルと呼ばれる
中世イスラームの城砦から、大砲の号砲一発!で街中に知らされる。

テレビもこの号砲を中継している。
だから、正確なタイミングでダッシュできるよう、一流ホテルの
「イフタール・ビュッフェ」というやつでも、この期間だけは
レストランのど真ん中にテレビをスタンバイさせるのである。

そして、この「朝食」時間帯に、町は死ぬ。
町としての機能はすべてキッパリと止まる。
必要以上にウジャウジャと溢れかえっていた人の群れは、
すべからくどこかの軒の下で食事にむしゃぶりついている。

だから、断食自体は、そう大して辛いものではない、と思う。
しんどい辛いとボヤく割には、みんな結構楽しそうでもある。
問題は、街中狂騒状態で「イフタール」に食いつき、たいらげた、その後だ。

この時期、エジプトのイスラム教徒は当然酒など飲まないが、
あちこちで寄り集まって騒ぎ始めると、酒の一滴も入ってないのに、
飲んだくれた日本人以上に盛り上がる。
たいていのイスラム教徒は夜通しお祭り騒ぎ。
寝る間も惜しんで、一晩中盛り上がる。

お菓子とお茶で、なんでああなるの??というのは、永遠の謎だが、
問題はその翌日。
そういう調子でろくに寝ないで夜をすごすから、昼間の効率は落ちる。
当たり前のように、はなはだしく落ちる。

だるくて眠いもんだから、手近にいる私のような「異教徒」に、
「なんでオマエは、俺たちとこのヨロコビクルシミを
分かち合おうとしないのか?」と説教をたれるものまで出てくる。
余計なお世話である。

でも、鬱陶しいこともあるが楽しいことも多かった。
現地の食べ物、生活、宗教感覚というものが、これほどリアルに出てくる
時期はないからだ。

ところが、所変われば・・・というところで、次週に続く。



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「アリーマの中東ぶらぶら回想記」(29)(050929配信)

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食べることと、血【虹色ハイウェイ】at 2005年10月01日 09:51
この記事へのコメント
どうもこんにちは。

blog始めて改名です。
僕の故郷、富山の情報しかないローカルなブログですけど。

あと、トラックバックさせていただきました。
本当は【第5話】にトラックバックしたかったのですけど、
見つからなくて。4と6はあったのに。
Posted by ちょろき改め虹色ハイウェイ at 2005年10月01日 09:57
虹色ハイウェイさま

ブログ拝見しましたよ。
こういうの、私の住んでいる横浜市なんかでも誰かがやってくれるといいのですけれどね(すぐ人を当てにする)。

イスラーム世界では、ラマダンがまもなくスタート。
いろいろと食べ物のお話もまた、と思っています。



Posted by アリーマ at 2005年10月01日 17:00
横浜市だと、きっとホームページを持ってない
議員さんなんていない、と思います。

ここまで情報が集めにくいのは田舎ならではですY(>_<、)Yオテアゲ

食べ物話、楽しみにしてます。
Posted by 虹色ハイウェイ at 2005年10月01日 19:02

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