2005年09月15日

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【第27話】 エジプト人の「名前」と世界柔道2005

●世界柔道2005 in カイロ

「トルコの話にここからつなげようと思っていたけれど、
紙数が尽きたので次回に続く」で、前回は終わった。
でも、なんとなく別の話がしたくなったので、今回はちょっと脱線。
「トルコの酒事情」は、また改めて。

さて、世界柔道選手権が、先日カイロで行われた。
勝負の行方はもちろんだが、エジプトの受け入れ態勢がどうなるものか・・・
と、実はそちらのほうに興味深々だったのである。

ブログのほうでもご紹介したが、やはり色々起きていたらしい。
http://arima.livedoor.biz/archives/50073269.html


旅行手配、ホテル手配などについては、結構いいかげんだった様子だ。
おそらく今回の選手権参加者は、ほとんどが初めてのエジプトだろうから
「こんなものだ」と思ったかもしれないが、エジプトの現地旅行手配は、
会社や組織にもよるが基本的にかなりしっかりしている。

日本人マーケットで大きなシェアを握る某社などは、
超優秀なエジプト人現地スタッフがどこに行こうがスタンバイしていて、
見事な手際でツアーグループを動かしていく。

ただしこれは、現地の手配会社やグループの国籍によっても異なる。

カイロ時代、ひょんな行きがかりで南ヨーロッパ系某国のグループを手配した
時など「部屋の数だけ押さえといてくれれば、こっちでテキトーに部屋割りは
決めるんで、名前や部屋割りのリストなんて面倒なこと言うんじゃない、
こっちは忙しいんだ!」としかられたこともあるくらいだ。
綿密な日本的対応が、単なる「大きなお世話」になることもある。

南米系のグループがきた時などは(当然にして幸い、私は関係なかった)、
かのホテルの誇る、カイロ最強の団体予約チーム(勿論全員エジプト人)が、
「俺たち、野蛮人は嫌いだ〜!!」と泣いていた。
「ネームなしで、あさって50室到着って、どうなってんのぉぉぉ!!」

阿鼻叫喚。

結局うまく収まるから怖いもんだが、そのしわ寄せは彼らの目の下の隈取に
くっきりと現れていたものだ。

そんなわけで、エジプトに旅行手配会社は数多あるのだが、会社によって主に
取り扱う国籍が特定されていることが多い。大きな会社では、国別に担当部局
が分かれているケースもある。

とにかく、世界柔道の手配関係がエジプト旅行業界のすべてではない!
と、昔の同僚同業者のために一応申し上げておく。
エジプト的な篤いホスピタリティーと併せて、濃やかな対応が可能なチームも
いるところにはちゃんといるのだ。


●全員背中に「ファースト・ネーム」?!・・・の謎

とは言え、いかにもエジプトらしいハプニング満載だったらしき世界柔道。
テレビの前で「あれ?」と思った方も多かったであろう椿事がひとつ。

なんと、柔道着に記してある選手の名前がファーストネーム!
例えば内柴正人選手ならば"MASATO"、塚田真希選手ならば"MAKI"と背中に大書
してあった。
見間違いかと何人か見たが、明らかに選手が背中にしょっているのは
ファースト・ネームだった。

柔道の場合、こういう国際的な競技会では、本国で用意するのは柔道着のみ。
主催国が名前とゼッケンを用意して配布するのだそうだが、
何故「ファースト・ネーム」になってしまったのか??

実は、エジプト始めアラブ圏各国の場合、
必ずしも『姓』というものがないからなのだ。
呼びかけも『名』が基本となる。

「は?!」という反応が返ってきそうだが、
日本のように『姓』が『名』に優先するのも一つの文化形態である。
日本人の場合、親しい仲でもファースト・ネームで呼び合う文化が薄い。
日本の恋人同士が姓に「さん」をつけて呼び合う様子を見て、
欧米人がひどく不思議がったりするではないか。

エジプトなどでは逆、と思えばよい。

所変われば、ということだ。
しかし国際大会だけに、今回の場合は、結構脱力系のエラーではある。


●エジプト人の「名前」

さて『姓』がなければ、名前はどう成り立つのか?
一般には、父の名、祖父の名などを連ねてフルネームとする。

エジプトはじめ、アラブ圏諸国に入国すると、入国書類に"Father's Name"と
いう欄がある。
そこに続いて"Family Name"が記入されるようになっている。
「うちの父さんの名前が、どうしてここで必要なのだろう?」と
不思議に思いながらも、なんとなく記入する人は多かろう。

下手をすると"Grandfather's Name"まであって「いったいどうして『うちの祖
父ちゃんの名前』まで??」と悩む。

アラブ圏とひとくくりにすると国により微妙に違うケースがあるので、
ここではエジプトの話に限る。

現地で名刺を交換したりすると、たいていの場合「自分の名前・父の名前」
又は「自分の名前・父の名前・祖父の名前」を並べ記したものをくれる。
例えば、モハメッド・アリ・ハッサンという人の場合、本人はモハメッドで、
父はアリ、祖父はハッサンだ。
通常公式書類上は「祖父の名前」までは要届出である。
もっと遡って延々と書き連ねても良いが、切りのよいところで
二代前くらいまでをファースト・ネームに付けて「フル・ネーム」とする。
ちなみに女性も同じで、結婚しても名前は変わらない。

それで、この人をなんと呼ぶかといえば、名前で呼ぶ。
丁寧にする場合は、敬称を名前につける。
英語だと「ミスター・モハメッド」となる。
ただ、同じ仲間やグループ内にモハメッド氏がたくさんいる時には、
便宜上「モハメッド・アリ」と、父の名前もくっつけて呼ぶ。

というわけで、彼の地で個人を識別する際、重要なのはあくまで『名』。
『姓』ではないのだ。

今回の世界柔道の場合、とにかく現地式に「名前優先」というパターンに
なってしまったらしい。
これは私の想像に過ぎないのではあるが、きっとそういうことだったのだろう
と思う。

ゼッケンを渡された選手団の反応を想像すると、なんだか気の毒であり、
ちょっとおかしくもある。


●エジプト人の『姓』

では『姓』がないのか、というとそんなことはなく、ある人とない人がいる。

この辺の成立や起源、根拠などは、詳しく書くときりがないので
ごく大雑把に言ってしまうと、
これは日本的な意味合いでの『姓』というよりは『部族名』である。
また、何らかの理由で出身地を名乗る場合もある。
いずれも"Al-XXX"というように、"AL"(アラビア語の定冠詞)を頭につける。

この場合も正式な表記のパターンは「モハメッド・ハッサン・アル-ザヘッド」
などというように「名前・父の名前・祖父の名前・姓」という具合に並べる。
ただ、一般には「名前・姓」や「名前・父の名前・姓」と省略した形になる
ことが多い。

出身地は部族名と似通っているが、例えば元々トルコ出身だがエジプトに移り
住んだ一族が"Al-Turki"と名乗ったり、逆に一族はエジプトの出自だが他国に
移り住んで定住している場合"Al-Masri"(Masrはエジプトの意)と名乗ったり
しているケースもある。
もっと小規模に、地方や町の名前を"Al-XXX"とする場合もある。

また、政治的配慮で例外的に父祖の名を「姓」として扱うケースもある。
単純な例では現エジプト大統領がそうだ。
正式名は「モハメッド・ホスニ・サイード・ムバラク」だが、対外的に「ムバ
ラク大統領」となっている。また、エジプトの女性の場合は結婚しても名前は
変わらないが(本人の父・祖父などは同じなので)、大統領夫人は特例措置と
してスザンヌ・ムバラクという名前で公式に通用している。

この『姓』の有無は、これも非常に大雑把な区別だが出自の違いだ。
Al-XXXの名をもつ人たちは、一般的に「アラブ系(遊牧民系)」、
そうでない場合は土着の農家出身である。
もちろん、現在の身分の貴賎とは、原則としてあまり関係がない。

でも、やはり名前を三つ並べるのは現地名でも面倒らしく、
実際の呼び名はせいぜい二つまでだった。


●私の場合

ついでだから「私の場合」。
これは、現地事情や部族云々とは関係なく、行きがかりの事情。

私の本名は「山口かおり」である。
でも、結婚前は「有馬かおり」だった。

結婚前にしばらくエジプトにいた。
最初は「カオリ」と呼ばせようとしたが、
アラビア語は母音を二つ続けて強く発音する言葉が無いせいか
「クーリ」だ「コーリ」だになってしまう。
第一、呼びにくいと名前を覚えてもらいにくい。

とこうしているうちに、なし崩しに「アリマ」という姓が呼び名で定着して
しまった。
実際「ハリーマ」「カリーマ」という女性の名前はあるから、アラビア語に
なじみやすかったのだろう。

で、ドイツ、トルコと一回りしてカイロに戻るまでに、結婚して「ヤマグチ」
になった(尚、この二国は「カオリ」で問題なかった)。

今度は何と呼んでもらうか、と考えたが、なんと近隣のホテルに「ヤマXX」と
いう日本人女性スタッフがいたのである。しかも彼女の名前が「カオXX]だった。
ヤマで切っても、カオで切っても、これは紛らわしい。

それに、トルコまでは「アリマ」で通してきたから、昔のクライアントから
問い合わせが発生することもあろう・・・
と、いうわけで「アリーマ」がミドルネーム兼通称に収まった。
現地のエジプト人のクライアントなどには、一度で名前を覚えてもらえて
便利でもあった。

「日本人ゲストの前では"Mrs.Yamaguchi"と呼ぶように」と周知徹底し、
着任初日に"Kaori Arima Yamaguchi"と大書した紙をオペレーター室に
張り付け・・・と、我ながら結構涙ぐましい努力をした結果・・・
私のエジプトでのファースト・ネームはアレレという間に「アリーマ」になる。
カオリはどこかに消えてしまった。

考えてみれば、現地名だって三つは面倒なのに、
意味不明な日本語名を三つ覚えてもらえると思った私は、甘かったと思う。

で、いろいろ面白いことは起きたが、その中でも傑作だったのはチェーン内の
ホテルに夫と休暇に行ったときだ。それも結婚当初のことだ。

部屋には有難くも、ウェルカム・ドリンクなどがセットされていたのだが、
添えてあるカードには
"Mr.& Mrs. Arema Yamaguccia"
と大書されていたのだった(アレマ!)。

「俺って、誰?」という夫の、複雑な表情が忘れられない。


(アリーマ山口)
※↑そういうわけで、こんな名前に・・・

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この記事へのコメント
興味津々
Posted by 重箱の隅 at 2005年09月15日 23:16

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