2005年09月01日

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【第25話】 中東酒事情 其の六 〜禁酒の律について〜

●イスラム教徒は酒を飲むのか?

延々と「酒を飲む話」ばかり書いて六回目。
やはり、中東の話と銘打っているからには、裏表のようになっているイスラム教の話は欠かせない。
そして、この宗教が「禁酒」を律としている限り、現地の実態に触れずにいるのは片手落ちだろう。
だから今回は「飲んではいけない酒を飲む人たちの話」をしようと思う。

え?「バカモノ」??
でも、真面目に飲まないでいる人たちの話は、皆さんよくご存知でしょうし・・・。

まず、大きなところでの疑問。

「イスラム教徒は酒を飲むのか?」

答えはイエス、人により場合により。但し、その有り様はいろいろである。
基本的には(国にもよるが)、多少の差はあれ後ろめたさはついて回るようだ。
だから、人目もはばからず堂々と飲んだくれるイスラム教徒は少数派で、時と場所を選んでひっそり飲むタイプが多数派に思える。


● 禁酒の実情

禁酒の実情も、中東各国各地で様々だ。

例えば、以前に書いたように、エジプト産の酒類はかつて「国営企業による国産」だった。
1997年に民営化されたが「イスラム教国なのに、禁忌のはずの酒類が国産?!」と驚く人も多かった。
酒を飲むイスラム教徒も相当数いる。

トルコに至れば、酒はこの国の文化の一部といってよいくらい、普通に酒を飲んでいる。
国民の9割以上はイスラム教徒でありながら、だ。

モロッコは、聞いた限りではトルコとエジプトの中間位のリベラルさらしい。
この国も国民のほとんどはイスラム教徒である。

一方で、イランやサウジアラビアのように、政教が完全に一体となり、イスラームの戒律がイコール法律とされる国もある。
こういう国では、酒類の所持自体が罪になる。
生産はもちろん、販売ももってのほかである。

また、外国人の出入りする高級ホテルなどに限って飲酒を許可する国もある。
こういう国も、イスラームの聖日は全面禁止であったり、許可される時間帯が制限されていたりと、いろいろな制限がついていることが多い。

飲酒を可とする背景には各国各様の事情があって、すべてを網羅するとなると私の手に余るが、シンプルに見ると「観光が国の主要資源となっている国」や「国民にイスラム教徒以外がある程度以上の割合で存在する国」では禁酒の律が緩やかになりやすいようだ。

ただ、国家レベルでOKであっても、個人レベルでどうとらえるかはまた微妙なところである。
国が飲んで良いといおうがどうしようが、宗教的に禁忌は禁忌なのだ。
この辺は「社会的なプレッシャー」として現れるが、現れ方はこれまた国により土地によりさまざまである。


●エジプトの場合

エジプトには「コプト教徒」と呼ばれるキリスト教徒が10%〜15%いる。
歴史的にはローマ時代までさかのぼる、世界でも最も古いキリスト教の一派のひとつだ。

酒類の販売や取り扱いについては、このコプト教徒が仕切ることが多いようだ。
統計やデータなどはないので、あくまで私の目で見て聞いた範囲内のことだが、個人経営レベルではイスラム教徒が積極的にバーを経営したり酒を専門に売ったりすることは少ない。

ただしホテルやレストランは別で、これは「酒を主体とした商売」の話である。
また、雇われる側はエジプトでは比較的フレキシブルだ。
もちろん、本当に敬虔なイスラム教徒であれば、酒自体が「穢れ」だから触れようともしないし、当然酒を扱う場所で働こうとすら思わないもので、そういう人たちも間違いなく少なからずいる。
でも「酒は穢れ」というのは拡大解釈であって、自分が飲まなければいいのだ、と考える人もいるし、「穢れ」なんだけれど、自分は「穢れ」に妥協してしまってるから、あまりよろしくないけど、でもなあ・・・あ、今日も飲んじゃった・・・みたいな「しゃんとせんかい、しゃんと!」といいたくなるような主張の薄い人もいる。

アラブ諸国では中世の頃から、各国でユダヤ教徒やキリスト教徒が酒を扱っていたので、歴史的に言えば特に目新しい話ではないが、エジプトの場合はどうも「うまい抜け道」になった感がある。

そう、エジプトの主要資源は「観光」である。
ピラミッドパワーで世界中から古代遺跡ファンを呼び集めているのだ。
そうやってできるだけ多くの観光客を集めて、できる限り多くの外貨を落としてもらうことでエジプト経済は持っているといってもよい。
だから「酒の経済効果」は馬鹿にならない。

では、飲んでいるのは外国人とキリスト教徒だけかというと、決してそんなことはない。

先日ご紹介した"Vinography"というサイトの"All about Egyptian Wine (http://www.vinography.com/archives/000614.html)"という記事によると、エジプトのワイン産出量は年間にして約190万リットルで、イギリスとほぼ同じとの由。
飲酒人口を考えるとたいした量なのだそうだ。


● 本音と建前

エジプト人も当然飲む。
「酒は穢れである」と眉をひそめる人々がいる一方で、普通に当たり前に何かにつけては酒を飲むような人もいる。

こういう人はごく一部なので誤解しないでほしい、と一応前置きするけれど、「飲みすぎて肝臓を壊したから、巡礼をしてハッジになって酒をやめたのじゃ」と豪語するエジプト人の爺さんと会ったことは一度ならずある。
中には「ハッジなんじゃ、わしゃ。おお、アリーマ、ビールまだ飲むか?飲むじゃろ。ふぉっふぉふぉふぉ」と人をダシに飲み続ける不届きな大金持ち爺さんも約一名いた。

尚、この爺さんは「ワシと書類上だけ結婚したら、オマエは死ぬまでエジプトで楽しく遊び暮らせるぞ、ふぉっふぉふぉふぉ」とのたまわったが、敢えて固辞した。
「じゃあ、まだ空席があるわけね? いくつあるの?」と一応きいたら「ん〜、二つくらいかのう」と言っていた。
「くらい」ってナンダ、「くらい」って!

まあ、よくおごってもらったので、あんまり悪く言うのも気が引けるけれど。
(注:イスラム教徒は戒律上四人まで妻を娶れるのだ)

その息子ともたまに飲んだが、彼も「父ちゃんみたいに、肝臓いかれたらハッジになればいいんだ」と言っておった。
ああ、罰当たり。

しかし、この親子にしても、断食月にはまじめに断食をしていた。
数珠を握って、いかにも断食中で瞑想中の様子な父さんのほうに「ほんとにやってんの?絶対飲んでないの?」ときいたらば、「人前ではそういうことになっておるのじゃ、アリーマ。ふぉっふぉふぉふぉ」とのことであった。
「外の礼拝に出る時など、酒臭いといかんからのう」

もちろん、こういう人は極めつけの例外だ。
率直さ、という意味でも例外だと思う。

エジプトの社会では、上流階級の人間として尊敬を得たければ、まずは敬虔なムスリムとして行動することが求められるのだ。
たとえ酒を飲む人でも、公式の会食やパーティーなどではソフトドリンクだけしか口にしないことはよくある。

あと、ついでに付け加えると、夏のカイロに「避暑」に現れるサウジアラビアなど産油国のイスラム教徒らも、ワイン消費に大きく貢献していると思う。
本国で飲めない分、思いっきり飲んだくれるらしい。

私はサウジ人の友人は一人しかいないので、彼がすべてとはいえないが、彼によればサウジ本国でも「何とかなるぜ。そうじゃなきゃ、バーレンとか週末に行くよ」ということだった。


● エジプト人以外の場合

こういう「本音と建前のくいちがい」は、そういうわけでエジプト人に限らない。
例えば日本のホテルで働いていた時、イスラーム圏からの使節団などが何度か来た。

公式の会食などにはたいそう厳しいリクエストがあがる。
「肉は一切使わないこと(ハラール〔*1〕かどうかわからないため)」
「会食メニューの調製に一切アルコールを使わないこと(ソースなど)」
「パーティーのビュッフェの一角に、ベジタリアン・コーナーを設けること(使う油脂類は植物性に限る。とにかく疑り深い参加者のため)」
などなど・・・。
〔*1 戒律にのっとって正しく処理されている、ということ。反語は「ハラーム」〕

そういうリクエストを各部署に流すと
「じゃあ、ミニバーの酒類は引っ込めたほうがよいですよね」
「アダルト系の有料放送が客室に入らないよう事前に手配しましょうか」
と、賢い各部署の担当者たちが連絡してくるのだが、残念ながら「先方からリクエストがない限り、そのまま」なのである。

で、あとでチェックすると、必ず酒だのPay TV(有料放送)だのが、結構売りあがっている。
挙句、例えば5日間の滞在で5回きっちりPay TVが売りあがっているゲストが「私は絶対絶対絶対にそんな汚らわしいものは観ていない!!!」と暴れまくる光景も、チェックアウト時には付き物である。

どう解決したかは、守秘義務のうちだと思うので、敢えて言わない。

(この話、次回に続く)


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