2005年07月18日

今すぐ人気ブログランキング

ロンドンのテロ その後

●首謀組織の謎

この事件が発生した時点で不思議に思ったのは、声明を出した「欧州におけるアルカーイダの聖戦(ジハード)秘密組織」とやらの具体性だった。
ナニコレ?と続報を待ったのだが、結局どこからも具体的な情報が出てこない。
それっきりだ。
「いつものアルカイーダ関連」の定型だね、と思って終わりにしつつあった。

しかし、テロの実行犯が明らかになるにつれ、違う「いやな感じ」が膨らんできた。
これはどうも新しいパターンで、しかも状況の拡大や泥沼化につながりかねないもののように思えるのだ。



●実行犯たちの背景

実行犯四人のパキスタン系イギリス人は、いわゆる「在外二世」で「アラブ・イスラム系」と特定しなければ、世界中ほとんどどこにでも、多かれ少なかれいるタイプの住人だ。

マスメディアの報道からうかがえるのは「イギリス育ちで穏健で、何故そんな行為に走ったのかわからない青年たち」ということ。
特に原理主義的な思想に傾倒する様子も表立ってはなく、反社会的言動があるわけでもなく、イギリスでの生活にそれなりに根をおろしていた。
かつ、ムスリム(イスラム教徒)の親の元で生まれたから、とりあえず生まれ育ちはムスリムだが、原理主義的志向はなさそうに見える、若い第二世代だ。

イギリスは「ロンドニスタン」と呼ばれるほど、反政府系亡命者の受け入れに前向きだった。
第一次大戦前のトロツキーだのレーニンだの、というところまでさかのぼれるから、まさに『歴史』だ。

イギリスは、外国の反政府主義者を匿うことに長けている。
受け入れる代わりに、きちんとつぼをおさえた「情報管理」をしており、その実力に自信があるからできることだろう。
単に気の毒だから受け入れているのではなくて、ギブ・アンド・テイクの関係が成立しているのだ。

さて、その後もう一人、主犯とされるマグディ・アルーナシャルというエジプト人の生化学者がカイロで拘束された。

カイロのマアディ地区に実家(おそらく両親の家)があり、カイロ大学で大学院修士課程までを終え、イギリスでさらに勉強をする、という経歴。
マアディ地区というのは、欧米系駐在員などが多い地区で、ザマレク地区(日本人が多い)などと同様な「高級住宅地」だ。
そういうところに住んでいるから、即富裕層とは限らないが、ロンドン在住でリーズ大学の研究員などというところもあわせて考えると、極端に富裕かどうかは別として、ロンドン在住のエジプト人としては恵まれた生活をしているだろうと思われる。

で、この「物静かで、宗教的な狂信性など微塵も感じられなかった」といわれるエジプト人のマグディ・アル-ナシャルと、四人のパキスタン系ムスリムが、何かのきっかけで結びつき、今回の犯行に至る(なお、一人はジャマイカ系のイギリス人という説がアメリカより浮上。名前はイスラム系のようだが、真偽は定かでない)。

両者をつないだ組織があった、とするのが自然だ。

ブレア首相が発表した見解は「アルカイーダである」というところに収まっている。
ただし、具体的な根拠はまだ不明で、現状では「アルカイーダと関係が深いとされる、パキスタンはイスラマバードが本拠の武装テログループ」と実行犯の一人がコンタクトしていた、という話が出ているくらいである。
「アルカイーダ」自体が、最近では一貫性組織性のない漠然としたものとなってきているが、今回の事件の裏で動いたイスラーム系テロ組織で一番「それらしい」のはアルカイーダなのかもしれない。

ただしエジプト政府は、マグディ・アル-ナシャルとアルカイーダの関連はないと公式に発表してはいる。
何をもって「アルカイーダ」とするか、ということなのか、それとも単に認めたくないだけか?


●この事件の怖さ

尚、今回の事件について「ブレアの失策」などという的外れなコメントを出すメディアもあったようだが、イギリスはうかうかとこういったテロを起こるに任せるほど間の抜けた国ではない。
このイギリスをして防ぎきれなかった、と考えるのが妥当だと思う。

非イギリス人であれば入管の段階である程度把握できるが、普通のイギリス人として生活し、特に反政府的言動もない人々が動き出せば、これはまったく違う対策を必要とする。

また、今回のテロについては「総額150万円程度」でできたそうだ。
「9・11」などとは比較にならぬ安直なテロだが、それだけに恐ろしい。

そして、実行犯が「在外二世」なのは、今までにない形だ。

過去の事件は全て、事件の内容や計画性などに「レベルの差」はあっても、前提として「イスラームの信義」があった。
実行犯やグループは「イスラム原理主義者」であることを、明確に標榜していた。
一方で、今回の実行犯らは「イギリス国籍をもち、イギリスで育ちながら、差別蔑視にさらされつつ育ち、その気持ちが今回の事件につながった」ということで、イスラーム原理主義から、単なる「反欧米主義」に転化してしまっている。

この流れは怖い。
こうなると、潜在的なテロ実行犯の裾野が一気に拡大するからだ。


●忘れてはいけないこと

しかし、そういう中で忘れたくないのは、現実問題として「誰が一番迷惑をこうむっているか」である。

それは、各国(特に欧米諸国)在住のイスラム教徒たちだ。
例えばイギリスに160万人、という。

ブレア首相であれ、他のイギリス政府高官や警察関係者であれ「一般のイスラム教徒たちは、今回の事件にむしろ怒りを感じる側だ」という趣旨で、一般市民が暴走したり、間違ったイメージを持ったりすることに関して、再三注意を促している。

そもそも世間に誤解がまかり通っているようだが、イスラム原理主義は、元来テロリズムとかけ離れたところにある。
これはあくまで「宗教的信条」なのだ。
元をたどれば「原理主義」自体が英語の"fundamentalism"の訳語で、本来は「原点に回帰すること」を目指すキリスト教徒が使い始めた言葉だ。
そこから、同様に原点回帰を目指すイスラム教徒にも使われ始めた次第。
原理主義者=イスラム教徒=テロリスト、という連想はまるで見当違いなのである

キリスト教でもそうだが、イスラム教の場合も「原理主義」が目指すものは「宗教の原点に返り、信仰の基本に立ち返ろう」という考え方。敬虔で熱心な信者がイスラームの原点に立ち返り、信仰を深めるためにきちんと原初の戒律を守った生活をしようというものなのだ。
対象が欧米社会であれなんであれ、反社会的暴力的行動は、当然「論外」である。

その動きの中で、飲酒などを含めた「欧米的習慣」を排除する傾向は確かにあるが、その辺が拡大解釈されて、イスラーム系テロリストを総称するようなイメージになってしまった。
知り合いの真面目なイスラム教徒が「僕だって、生活信条からいえば『イスラム原理主義者』なんだけど、うっかりそんなことが言えなくなっちゃったね」と嘆いているのを聞いたこともある。

信教の自由というのは、基本的な人権のひとつだ。
各国のイスラム教徒の人権が侵害されるような事態にならなければいいと願う。
それと同時に、変形しつつある「原理主義者崩れ」のテロリストには要警戒だ。

矛盾するが、何とかうまく両立させてほしいと祈るばかりである。


今日もよろしく、ぽちっとワンクリック!

この記事へのトラックバックURL

この記事へのトラックバック
ご声援ありがとうございます。 人気ブログランキング、みなさんのおかげで只今14位です。 来たからには絶対クリックしてってね。投票お願いっ! 人気ブログランキング参加中</A ←1日1回応援クリックお願いします 自爆テロについては前に書いた。テロの予感(←参照く
テロはもう止められない【おフランスざんす】at 2005年07月20日 17:24

中東ぶらぶら回想記は、無料メルマガ『軍事情報』別冊でなんちゃって週刊連載中!
登録は今すぐ↓
Powerd by まぐまぐ