2005年05月19日

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【第11話】熊本で「羊の謎」を考えた〜中東食肉事情編

【もくじ】
・中東羊肉食圏の謎
・熊本の山中で、牛の観察
・でも、例外はエジプト
・湾岸地帯の夏って・・・
・ハラールな肉とは?
・ついでに豚肉について

● 中東羊肉食圏の謎

実は「中東は羊肉食圏」と自分で定義しておいて、不思議に思い始めていた。
牛3何故「羊」であって「牛」でないのだろうか?
ご周知のように、豚肉は「不浄のもの」としてイスラム教徒は口にしない。
でも牛肉は、宗教的儀式にのっとって正しく処理された、いわゆる「ハラール」である限り問題ない。もちろん、街で普通に買えるし、食卓にも上がる。
でも同じ四つ足なのに、羊のほうが圧倒的によく食べられている。



「その謎が解けた」と前回書いた。

最初は一人で感心していたが、実は小学生でもわかるような理屈だった。
今更ここで大仰に書き記すほどのことか、とは思ったけれど「書きます」といったから書いてしまう。
当たり前すぎるけれど、長く現地に住んでいたときには考えたこともなかった。個人的に「へぇ〜、ふ〜ん」としみじみ思ったので、一般にも意外なメー点・・・でなくてモー点(盲点…)なのかも知れない、と思った次第もある。

おお、マーレーシュ・・・でも、こういう「音遊び」が「さむ〜い」とか言われてしまう国って、知る限り日本だけのような気がする。ジョーク話は改めて書くとして「言葉の音感」を素直に受け止められない昨今のわが国は、どうも寂しいところだなぁ、と常々思っているのだ(本人のセンスは、さておいて、だけれど)。

なお、前回予告した「トルコ料理で一番大切なもの」のお話は、両方書くと長くなるので次回にまわすことにする、インシャアッラー。

今回はちょっとトルコを離れて「中東食肉事情」を考えてみる。


● 熊本の山中で、牛の観察

実家近く(11)先日、夫の郷里にいて、牛を間近でよくよく観察する機会があった。


牛2以下は、昔から牛を飼っている夫の叔父からきいた話と、夫の実家で飼い始めた牛たち(雌の成牛二頭と、半年ほど前に生まれた仔牛一頭)の様子を見ていて思ったことを併せたもので、学術的な裏づけはない(とりたいけれど、間に合わなかった…今後の宿題、ということでお許しいただきたい)。
だから「アリーマ説」というほどのものでもないが、気楽に読んでいただければ幸いである。



1.牛は暑さに弱くて湿気と水分が必要な動物

実家に牛の世話をしに来てくれる叔父に「中東あたりの砂漠の多いところでは、牛じゃなくて羊なのはどうしてでしょう?」と素直に疑問をぶつけてみたら、少し考えて上記のように答えてくれた。
中近東の気候条件を考えると、確かに牛向けではない。

逆に羊は、一般に暑さに強いが湿気に弱いそうだ。
確かに、全身に「羊毛」を生やしている姿を思うと、蒸れるところでは辛かろう、と思う。


2.牛はおそろしくよく食べる

牛小屋毎日気が向くと眺めていたが、まあ呆れるほど良く食べる。口がもぐもぐ動いていないのは、寝ている時だけ。牛小屋に行けば必ず一頭は「食事中」で、残りは反芻でもしているのか、やはり口がもぐもぐと動いている。
だから一日に必要な飼葉の量もすごい。
放牧用の囲いにいれば、やはりそこいらの草を始終もぐもぐやっている。


確かに「巨大草食獣」というのは、そういうものらしい。
草食だと食べるもののエネルギー単価が低いので、巨大な体を維持するためには、それだけの「物量」を食べ続けなければいけない、と聞いたことがある。
のどかに草を食む姿は、とぼけて見えるが実は真面目な(?)生命維持活動だったのだ。この様子を実際に自分の目で見ていると、これは中東では難しそうだと納得がいく。

本来、中東の人々の歴史を考えると、主体は「移住型遊牧民族」であって「定住型農耕民族」ではない。砂漠を移動する生活を主軸とすれば、肉食用に牛を飼うのは効率が悪すぎるし、えさの確保があまりに難しい。
暑さに弱いこと、十分な水分補給が不可欠であることも併せて考えると「こりゃモー(?)、砂漠地帯じゃムリムリ」と実感する。モーモー。

肉牛の・・見たくなかった尚、家の飼料の袋には「肉牛用」と大書されていた。
「きゃー、カワイー」と喜んで牛たちを眺めていた私と姪二人は「・・・え・・・う・・・」と、音にならぬ言葉を発しつつ、少しだけ暗くなった。でも農家においてこのような感傷は許されないのだと、ハイティーンからローフォーティーまでの三名はそれぞれに思い、つい言葉少なになったものである。



3.牛の飼育には定住が必要

こう考えていくと、牛(特に肉食用)は肥沃な地帯で定住生活をしていないと飼えないものだ、という結論になる。遊牧の民には向かない。

でも、それなら、同じ巨大草食獣のラクダは?と思えば、背中に「こぶ」を背負っている。
あれなら砂漠での移動生活に耐えられる、というか、そのために神が創造したもうたような姿。小学生でも知ってることに、いちいち感心する。
世の中には「神の御意志」としか思えぬことが良くあるものだ、と思う。


●でも、例外はエジプト

さて、じゃあ、牛は中東地区にいなかったのか、というとそんなことはない。
エジプトでは普通に古代から飼っていた。
古代の遺跡の壁画などをみると、いたるところに牛の姿が描かれているし、神殿の供物としても一般的だったことがわかる。

なにしろ、ローマ神話のヴィーナス、ギリシャのアフロディテと過去に戻っていくと、原点は古代エジプトの「ハトホル女神」となる。この女神様の現世の仮の姿は「牝牛」。美と愛と豊穣の女神であり、古代エジプトの神話世界では非常に地位が高い。エジプト航空のトレードマーク「ホルス神」の妻なのだ(ハト=家、ホル=ホルスで「ホルスの家」という意味の名前となる)。

エジプト人というのは中東では異色なことに元来「定住型農耕民族」。
「ナイルの賜物」として成立したこの国では、中近東一帯では珍しく「農耕と定住」が可能だったのだ。実際エジプトでは、伝統的に羊と同じくらい牛もよく食べている。

エジプトは暑いだろう、と思うかもしれないが、一ヶ所に定住していれば、日陰に連れて行ったり、川で水浴びをさせたりできる。それにエジプトの暑気は、日本と違って日陰にさえいれば、それほど苦にならないものだ。カイロあたりでは、暑くても40度くらい。大したことないですよ・・・ははは・・・。

また、一般的な牛とは違うが「水牛」も多い。
これは暑くなると勝手に農業用水路に潜り込んで、鼻と目と角だけうっすら出して「避暑」している。
農業地帯を車で走っていると良く見かけたものだ。
水牛の乳は、近郊から街に売りにくるので、たまに買っていた。
軽く煮て殺菌したものは、味が濃厚で、冷蔵庫に入れておくと上に硬いクリームが浮かぶ。これに蜂蜜などかけて食べたり、料理に入れたりする。美味だった。

エジプト人は元が農耕民族だけに、その他の中近東各国と比べると全体に気性がのんびりしていて穏やかだ。否応なしに過酷な生活となる遊牧民だった、湾岸諸国やトルコの民とは、どうも本質的に気性が違う。良くも悪しくも「激しさ」が薄いのだ。
争い事も基本的に好まないし、汚い言葉で他人を罵るような真似をすると、たとえ相手が悪くても周囲を一斉に敵に回してしまう。

こうして思い返すと、エジプトというのは中東圏でも一種の異文化地帯だなあと感じる。


●湾岸地帯の夏って・・・

また、エジプトは湾岸諸国の人々が夏に「避暑」に押し寄せてくるくらいだから、あの辺りより涼しくもあるらしい。
しかしじゃあ「あの辺りの夏」ってどんなものなのだ?!とは思う。 
産油国でエネルギーは有り余っているから、どこもかしこも屋内は冷房をフル活動させていて、日中は屋内にいれば大丈夫、と聞いたことはあるけれど。

なんとサウジの某農業大学では、付設の牛小屋にばっちり冷房完備だそうだ。
うらやましい? でも、結局「ドナドナ、ド〜ナ〜」の運命ですから・・・。


● ハラールな肉とは?

食肉事情がテーマなので、イスラム教で「ハラール」とされる「宗教的に正しい処理を施された肉」のことを若干補足。

豚はもともとが「ハラール」の反対で「ハラーム」(宗教的禁忌)とされているから問題外として、その他の肉も「ハラール」でなければいけない。アッラーの名において屠る、儀式的な部分も重要だが、元来一番肝心なのは「きちんと血抜きをする」という作業だ。

戒律で「動物の血液を口にすること」は禁忌とされているが、これは現実的な衛生管理のためだ。肉でも魚でも、血合いの部分は傷みやすい。だから、きちんと血抜きをした肉以外は食べてはいけないとしたもので、それが現代に至っている。

平凡社の『新イスラム事典』によると、屠る際には「アッラーの名において、アッラーは偉大なり」と唱えながら、鋭利な刃物で一気に頚動脈と喉笛を切開すること、とされている。それが最も苦痛を与えず動物を屠殺する方法だからだそうだ。


● ついでに豚肉について

豚が禁忌となった理由は割合単純だ。イスラム教というのは、砂漠の遊牧生活の中で生まれた宗教なので、ごく単純に「豚肉は保存が難しく、痛みやすかった」というところからきている。同じ地域がルーツのユダヤ教でも豚肉は禁忌だから、発想は同じだろう。で、そのような生活律法の中で豚を避けているうちに「ゲテモノ」という感覚で捉えられるようになった。

実際、日本人でイスラム教徒と結婚したり、思うところあってイスラム教徒に改宗した人たちに言わせると「豚を食べない生活を長く続けていると、匂いをかいだだけで気分が悪くなるようになる」ということだ。生活習慣というのはそんなものなのだろう。
尚「豚がだめ」というのは、肉に限らず豚のエキスも何もかもだめで、同じ厨房で調理することも好まれない。だから中東圏内の高級ホテルでは、豚肉は一切排除されている。

熊本名物とんこつラーメンなど、もってのほかである。


牛1と、熊本で黒牛たちを眺めながら、羊へ、そして中東へと思いをめぐらした私ではあった。




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