2009年09月30日

続 嗚呼、アレキサンドリア!

(前回のつづき)

1992年にエジプトはアレキサンドリア沖合いの海底からプトレマイオス朝の遺跡出現!というニュースは、実にセンセーショナルなものだった。
なにしろこれが出てくるまで、アレキサンドリアを首都としたこの時代、かの有名なクレオパトラやシーザーはじめとした当時の王侯貴族がどこに住んでいたかは謎だったのだ。
伝説に伝えられるムーセイオンや図書館も、正しい位置は想像の範疇。
墓やら円形劇場やら、名残を残す遺跡がまったくないわけではないが、現存するものはどれも保存状態があまりよくない。
だからエジプト考古学史上稀な素晴らしい発見だったことは間違いない。
ワタシは見たかった。絶対に見たかった。

だから「海のエジプト展」の話に胸は高まる。

しかし「本当にプトレマイオス朝のもんだけで『古代エジプト展』をやるのか?」と、微妙に引っかかってもいたのだ。実を言うと。

ちなみにプトレマイオス朝は、ざっくりと紀元前300年から紀元前30年頃エジプトのアレキサンドリアを首都にして栄えた古代王朝。
簡単に言えば、アレキサンダー大王に始まってクレオパトラに終わる時代だ。
地元エジプト(?)ではなく、ギリシャ系の征服王朝である。

古代エジプトと一口に言うが、実は世間でよく知られているツタンカーメンの秘宝やらラムセス2世の偉業やらは「新王国時代」のこと。これは紀元前1570年頃から紀元前1070年頃で、こうして並べても700年ばかり時代が違う。
古代ギリシャの人々にとっては、同じ古代エジプトでも当時既に遺跡観光の対象でもあった。

あれピラミッドは?と言えば、これは「古王国時代」で、紀元前2500年から紀元前2000年くらいの時代。
新王国時代のファラオにとっても、これまた遺跡観光の対象みたいなものだ。

ちなみにヘロドトスも観光客の一人で、エジプト以外もひっくるめた旅行話を『歴史』という著作にしている。元祖「地球の歩き方」だと思う。
なんと観光地としては3000年以上の歴史を誇るエジプト。
世界一の観光立国と言って差し支えなかろう。大したものである。

ざっくり雑な話でスミマセン。

先に書いたことの繰り返しも入るが、要するになにが言いたいかというと、プトレマイオス朝は

1.文化系列はグレコ・ローマン、つまりギリシャやローマ系だから「いわゆる
古代エジプト(ファラオ系、としておく)」とは毛色が違う。

2.時代は新しいけど、内容的にはファラオ系より格下とされている。

・・・と、いうわけで、改めてこうしてみると「古代エジプト」を前面にうたわずに
「海のエジプト」とはうまいネーミングだったと思う。
確かにうまいんだけど、中にはだまされたような気分になる人がいてもおかしくはない。
確かに古代エジプトのファラオの格好をしているのだけれど、細工なんかはおおかたギリシャ風なのだ。
この混ざり具合をファラオ風と対比してみれば、これはこれで面白いものなんだけれど、対比しようにもアレキサンドリアからファラオ系の遺跡の出土はまずないから比べようもない。

デンデラ クレオパトラとカエサリオン
上エジプトのデンデラにあるクレオパトラとカエサリオンのレリーフ(腹部など体の線が曲線的なのがグレコ・ローマン風)

アビドス セティ1世葬祭殿レリーフ
上エジプトのアビドスにあるセティ1世(新王国時代)の壁画

展示物に何があるのか調べて見たけれど「いままで日本に来たことのない古代エジプトの巨大石像5m級」くらいしか目新しいものはないように思えた。
パシフィコみたいな巨大施設でなければ展示できないものだから、確かにこれは「日本で見られる」という意味では一見の価値があるだろう。
しかし、あの大会場でこの料金(大人2300円)で、でっかい像以外のもので見ごたえを出すとしたら、モノより演出が頼りのイベントになってしまうよなあ・・・と内心不安に思っていたのである。

で、結論を言えば、やはりプトレマイオス朝のものだけでは展示品の迫力が今ひとつ。
海洋考古学の壮大なスケールと、世紀の大発見であるという事実をキッチリ念頭に置けばそれなりの感興は湧きおこるのだが、全体にアカデミックな面白さよりはエンタテイメント系の楽しさ主体の展覧会だった。
ディテールが美しい女神像や巨大な石碑など、見ごたえのあるものも確かにあったが、あともう少し突っ込んだ解説が欲しかったと思う。

尚、あちこちで「見てきた感想」を覗くと、古代エジプトの遺跡関係のものを見慣れていない人の場合「それなりに面白いけどこんなものだろうな」というトーンが多かったように見える。
深い関心がなくてなんとなく見に来た人を、大きく揺さぶるほどのパワーはなかったのだろうか?

もちろん感動した人もいて、それはそれでちっともおかしくない。
結局こういうものは、モノ自体が持つ力もあるが、基本は見る側の興味関心次第なのだから。

でもこの展示に揺さぶられるものがあったなら、是非とも一度はエジプトに行って、こころゆくまで圧倒されて欲しい。
巨大な石像などは、展示ではなく太陽の下にぞろぞろ立ち並んでいる。
エジプトは遠くても、せめてロンドンなりパリなりの博物館に行けばきっと全身震えるくらい感動できる。
展示物のレベルとボリュームがそのくらい違う。

ルクソール神殿 ラムセス二世像
ルクソール神殿ラムセス二世像(ルクソールにはこんなもんがぞろぞろある)

さてワタシの場合、本来は遺跡などに関心の深いほうではないけれど、過去の行きがかりでちょっと見聞が広がったから見に行きたかっただけなので、一通りざっとみたら詳細はプログラムを買ってじっくり・・・と思っていた。
出口のショップで早速財布を出したら、なんとそういった資料の販売はDVDのみ。
ええ?!ソンナバカナ??!!と驚いてしまった。
これだけはなんとも不思議だ。
展示物に自信がないのだろうか?
それとも最近のこういう展覧会は、プログラムではなくDVDの販売が主力に変わったりしているのだろうか?

他のことは、単なるエジプトずれした元現地ガイドの愚痴みたいなものにすぎないが、この一点だけはどうにも残念。
こういうイベントは、見たものをあとでゆっくり本で検証して初めて面白くなってくると思うのだけれどな。
どちらかというと、資料入手ついでに見に行ったようなものなので、ちょっと拍子抜けした。

展示そのものは、子供も大人も楽しめるエンタテイメントとして工夫が凝らされていて、いわゆる展覧会とは一味違った面白さはあった。
入場料がちょっと高かったのではあるが、展覧会ではなく「古代エジプトテーマパーク」みたいなものに行ってきたんだ、と思えばそんな値段だったかもしれない。
しかし、テーマパークだからプログラムや資料なんかなくてもいい、という発想だったとしたら馬鹿馬鹿しくも残念なことだし、「プログラムなどなまじ販売すると客足が鈍る」などという発想がどこかにあったとしたら、非常にお客を馬鹿にした話で腹立たしくさえある。
展示品自体が素晴らしければ、プログラムをみたら行って実物を見たくなるものなのだけれど・・・しかし、今回の展示でプログラムがあったとして、事前に入手して見た場合、確かに私は行かずに済ませたかもしれない。
そう思うとちょっと複雑ではある。

その他雑感は、もうひとつのブログに別途上げようと思うが、とりあえずはアレキサンドリアのことなどいろいろ思い出すよすがになって楽しくはあった。
まあとりあえず、見られてよかったな。
行ってきたからこんなことも思えるのだし。

以上、自分用のメモも兼ねて、散漫だが感想など。
尚、写真はオシリス・エクスプレスの写真素材集から借りてきたものである。  

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2009年09月29日

嗚呼、アレキサンドリア!

『海のエジプト展』という展覧会が横浜にやってきた。
もう終わってしまったのだが、なんとか終わる間際に見て来られたので、展示品の出土地アレキサンドリアを巡るあれこれを書いておこうかと思う。
(以下、写真はオシリス・エクスプレスのもの)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

アレキサンドリアの海底から出土したものが日本にやってくる、と聞いたときは少なからず胸が高鳴った。

地中海都市、アレキサンドリア。
カイロに住んでいた頃に何度となく出かけた街だ。
バスだの列車だの車だのとアクセス方法はいろいろで、何で行ってもおおよそ3時間くらいで着く。
私は列車で行くのが好きだった。

車の場合はたいてい「アレキサンドリア砂漠道路」を行くので、道路の名前が示す通りに砂漠のど真ん中を突っ切り突っ走る風景となる。
しかも、砂漠道路に入る前にギザのピラミッド辺りを通過するのだが、この辺の交通渋滞と来たら当時のカイロ近郊でも最悪のものだったのだ(現在はバイパスがいろいろ整備されて、かなり改善されたと聞いている)。

一方で、列車は緑豊かなナイルデルタ地帯を進む。
殺伐としたカイロの日常風景を離れてこの田園風景を眺めると、豊かな緑が目にしみるようだった。

アレキサンドリアは、イメージよりはかなりごたごたした街だ。
でも海があり(汚くても)、潮風が吹き(若干生臭くても)、魚介類がいろいろ食べられる(所詮芸のないエジプト式調理法でも)。
比較対照の問題ではあるが、カイロよりは落ち着いたのどやかな空気の街で、空も多少はきれいで広く感じられる。
要するに、カイロ発の日帰り息抜き小旅行には手頃な場所で、東京の人が横浜に来たり札幌の人が小樽に行ったりする感覚、と言ったらわかりやすいかもしれない。

アレキサンドリアという町そのものは、観光で短期間来た人にとっては優先順位が低い町なのではある。
なにしろ遺跡がグレコ・ローマ時代のものになるので、ギザのピラミッドなどが出来た古王国時代(紀元前2500年〜2000年ごろ)やら、ツタンカーメン、ラムセス二世といった有名なファラオがいた新王国時代(紀元前1800年ごろ〜1500年ごろ)に比べると、遺跡の歴史が千年ばかり新しいし(!)し、出来も悪い、というのが大方の意見だ。
なにをもって「出来が悪い」のかまでは、実は私もよくわかっていないのではあるが。

敢えて私自身の好みを言うと、大迫力で迫り寄ってくるようなファラオ時代の遺跡群や遺物より、なんとなく明るい地中海の光が感じられるグレコ・ローマのものの方が絵になるし可愛らしい感じがしてほっとするのだけれど、それは二年半に渡って「古代エジプトの大遺跡」をウンザリするくらい見続けた結果だとも言える。
当時はツアーガイドを生業にして暮らしていたのだ。

しかしまあ、実際に目にすると、確かにファラオ時代のものの方がスケールが大きいし迫力もある。
とりあえず少なくとも、観光地としてはルクソールなんかの方がはるかにハイレベルなのは間違いないと思う。

しかも現代のアレキサンドリアは、古代ギリシャの匂いもクレオパトラの残り香もしない。
先述した通りのゴタゴタしたアラブ風の港町だ。
地中海都市らしさは薄い。
極端な話、一泊程度ならカイロにいるのと感覚的にはそう大きな差はないと思う。
地中海は見られるが、ナイル川がないデメリットをカバーするほどではなかろう。

グレコ・ローマン博物館 クレオパトラ頭像
クレオパトラ頭像(グレコ・ローマン博物館所蔵)

だから「エジプトに一週間だけ行くのだけれど、アレキサンドリアを日程に入れるべきだろうか?」と悩む人がいたら、「よほど地中海や古代ギリシャに思い入れのある人以外は飛ばしちゃうのが得策ですよ」とアドバイスすることにしている。

街には小さな博物館があって、クレオパトラ7世やらシーザーやらの頭像など、主にこの街近辺で出土したグレコ・ローマンの遺物が展示されていた。
仕事でお客を連れていってガイドをやったりもしたのだが、いつもそれほど混まないコンパクトにまとまった博物館で、ツマランという人が多かったがワタシは好きだった。
実に鄙びた雰囲気の博物館なのだが、そこがなんだか牧歌的でギリシャ風ないい味を出していたと思う。

グレコ・ローマン博物館中庭
グレコ・ローマン博物館の中庭

いまやこの博物館はないそうで、2001年に旧図書館跡地にできた『アレキサンドリア図書館(Bibliotheca Alexandrina)』内の考古学博物館として生まれ変わったそうだ。
「旧図書館跡地」などと簡単に書いちゃったが、この古いほうが出来たのは
1800年ほど(!)前の話で、7世紀にイスラーム勢力が侵攻した段階で破壊されたらしい。最盛期はプトレマイオス朝時代末期で、クレオパトラ7世(世間でいわゆる女王クレオパトラ)の時代が最盛期。当時は世界の学問文化芸術の最高峰だったという。

この辺の詳しい話はこちらをご参照いただきたい。

新博物館、ワタシは残念ながら未見だ。
以下のURLを見る限り、相当ハイレベルな施設である。
迂闊にもいままで詳しいことを知らなかったのだけれど。
英語・フランス語・アラビア語に加えて、日本語のサイトまであるのでイマサラに驚いた。

http://www.bibalex.jp/Japanese/index.htm


(つづく)  
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2009年09月13日

金子貴一『秘境添乗員』 〜旅も秘境もさまざまなれど〜


秘境添乗員
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久しぶりの更新。

なんとなくそのままになっていたが、朋友金子貴一くんの著作『秘境添乗員』の感想を、軍事情報に掲載いただいてそれきりになっていたので、一応再録しておく。

中東はすっかり遠くなり、なかなか記事を上げる題材にも巡り合わない。
いっそ止めようかとも思ったのだが、なにかの弾みでまた始まらないとも限らないしなあ・・・とズルズルきている。

中途半端であまり格好のよいことではないと思うのだが、やはりたまになにかあったら記事も上がるかもしれないなあ、インシャアッラー・・・と残してある。


以下、再録分。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

金子貴一クンの新刊が出たのでご紹介したい。

新刊は『秘境添乗員』という。
文芸春秋社の『本の話』というPR誌に2年3カ月連載されたものに、大幅加筆修正を加えたものだ。

彼とのお付き合いはエジプト以来で、20年来の古い仲間である。
交遊の経緯は彼の前作『報道できなかった自衛隊イラク従軍記』の紹介等で触れたので、ご参照いただければ幸いである。

http://arima.livedoor.biz/archives/50754013.html
http://honyarara.livedoor.biz/archives/50922517.html
http://arima.livedoor.biz/archives/50742482.html




金子クンの本領は「人間力」にある。
文才だの語学力だのという、目先の能力を超えたもっと深くて強いパワーだ。
最近この本の書評を書いた某評論家によれば「過剰な人」なのだそうだ。
なるほど、確かに彼は「独特の濃さ」がある人だ。
その濃さは決して嫌味や傲慢につながらない。
通常「濃い人」は、多かれ少なかれそれなりの灰汁を醸し出すものなのだが、
金子クンには良い意味でそれがない。
常に感じられるのは、直裁で明朗かつ知的な「人間力」である。
この部分は公私共に変わらない。

そしてこの本のタイトルを見て「世界の秘境のオモシロ経験談」なんかを
期待するとうっかり肩透かしをくらってしまうだろう。
この本には「世界の秘境四方山話」にありがちな嫌味がまるで無いからだ。

例えばバングラデシュへ、アルジェリアへ、ミャンマーの奥地へ・・・などなど、
確かに彼が自分で企画主催して添乗するツアーの行く先はまことにユニーク。
こうした所謂「秘境」と世間に呼ばれるところに日本人ツアーを引率して行く
「秘境添乗員」の話は前半部に色々と語られていて、その話自体は大変面白い。
旅行好きならば、まずは楽しく読めることだろう。
添乗員としてサービスにこれ徹する金子クンの姿は、単なるツアーコンダクターを
はるかに超えて「ツアーバトラー」と呼ぶにふさわしく、仕事内容も非常に
ハイレベルでプロフェッショナルなものだ。

なにしろ彼は、戦乱のイラク自衛隊派兵の「添乗員」を立派にやり遂げた人間だ。
戦地に赴く自衛隊随行と観光ツアーの添乗を、同じ目線で語ったら
叱られるかもしれないが、結局のところ仕事の要は等しく「グループが無事に
食って寝て安全に過ごせるように心配ること」だと思う。
時に危険も伴う異文化環境で続発するトラブルに柔軟に対処しながら、
全員の安全を確保する。
現地住民との円滑なコミュニケーションの仲介役としての役割も欠かせない。
異文化コーディネーターとしての力量がものを言うのは、どちらも同じことだ。

しかも彼はどの仕事も手を抜かず、誠心誠意こなして手抜きなどしない。
戦地に行く自衛隊だろうが観光に行くツアーだろうが妙な差別化などもしない。
要するに「プロ」なんである。
イラク関連のエピソードにも一章が割かれているので、改めて彼の仕事を
見比べて欲しい。

ちなみに彼は、異文化環境にいなくても根っから添乗員みたいなヒトだ。
例えば一緒に歩いていると「あ、そこにぬかるみがあるから足元に気をつけて〜」
「この先の角を右に曲がりま〜す。そこの赤いポストのあるビルのところね〜」と
万事常時こんな調子。
本人いたって自然体でこうなるのだから、添乗員は天職だろう。

そして話は単なる秘境四方山話だけでは終わらない。
そういう類の秘境ツアー裏話を、もっと低レベルで書き飛ばしたようなひどい本が
結構売れたこともあるから、全巻秘境話で終始した方が案外受けたのかもしれ
ないが、この本はさらに深く潜り込んでいく。

実はこの本の真価は、この「潜り込んだ部分」にあるのだと思う。
話は彼自身の過去に遡り、アメリカに留学した高校時代の経験や、見事に正しい
真のエジプト人となった学生時代を経て、ジャーナリストとなり戦地へ赴き、
そうした経験の中で得たものを一つ一つ丁寧に自分のものにしながら生きてきた
いわば「金子クンの作り方」を読者はリアルに追いかけることになる。

それは昨今巷で言葉としては始終出てくる「異文化コミュニケーション」のプロが
如何にして生まれたか、という物語でもある。

そして話は過去を振り返るだけでなく、未来へ向かう動きも見せてくれるのだ。
辛い話もあるのだが、それを超える前向きさがとても良い。
なにしろこの過程で、彼は結婚をするのである。
いらん話かも知れないが、ワタシより一歳年上の初婚だからかなり遅い。
実はひっそり心配していたが、やっと訪れた春はたいそう美しく暖かいようだ。
なによりのことで、本当に嬉しい。

この『秘境添乗員』は金子貴一クンの集大成。
ちょっと間口を広げすぎた感はなくもないのだが、このカオス的な雑多さも彼の
独特の持ち味と思っていただければ幸いなのである。

しかし例えば本書の中の、特に日本でのクルド難民援護関連の話などは、
掘り下げればかなり面白い話になりそうだし、他にももっと突っ込んで欲しい話が
色々とある。
できることならば「次回作へ続く」となればなによりだ。

全体を通して、異文化と触れ合うときに大事なことはなにかを直接間接に
熱く語りかけてくれる本。
日本のグローバル化が叫ばれる中、現状になにか足りない物を感じる方には特に、
単なる旅行書以上の面白さがあると思う。
間口が広すぎたとは書いたが、内容は通常の単行本の三冊分と言ってよいほど。
中身は濃くて充実しているので、色々な人に是非一読をお勧めしたい。


■もくじ

はじめに

第一章 秘境ツアーへようこそ
 
 「第四世界」バングラデシュの旅
 アルジェリアは治安部隊がエスコート
 ヨルダンで預言者モーセの足跡をたどる
 「中東最大の少数民族」クルドの故郷へ
 ミャンマー、密造酒の村で乾杯
 中国・パキスタン「添乗員殺しツアー」
 平成の遣唐使、西安へ
 ピースボート水先案内人
 インド闇社会と平和運動
 砂漠の遊牧民と仲良くなる方法
 世界一周金融調査団

第二章 僕が秘境添乗員になるまで
 
 ホームステイ先は「社会問題の博物館」
 エジプト留学で究極の異文化体験
 エジプト人になりたい!
 いい加減だよエジプトの運転免許
 エジプト人医師にはご用心
 ロバはビジネスパートナー
 テレビ局のカイロ支局でアルバイト
 イラ・イラ戦争の激戦地へ
 七年ぶりの帰国で「浦島太郎」に
 英語教師はつらいよ
 カイロに死す
 エジプトの救急車は命がけ
 秘境添乗員事始め

第三章 いざ、戦火のイラクへ

 隣国ヨルダンで聞いたバグダッド陥落
 自衛隊の通訳としてイラクへ
 イラクで迎えた初夜
 悩める自衛隊員の本音
 サマワで地権者のアイドルに

第四章 ニッポンの秘境・辺境
 
 国内秘境ツアーを始めた理由
 秘境添乗員、教壇に立つ
 観音霊場巡りはスタンプラリー
 花嫁は秘境の女

あとがき


【090626配信 メールマガジン「軍事情報」(本の紹介)より】



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