2007年05月26日

トール、ダーク、ハンサムの謎 〜ニュースのお時間です〜

「インドの花嫁、相手が「色黒」で結婚を嫌がる」というニュースが、ロイターから。

この記事の趣旨は「女性が結婚相手を自由に選べない社会」という、ところなのだが、
私はむしろ「やっぱりインドでもそうなのかぁ」と、違うところに目が行った。
「色黒の男はいやだ」というくだりである。

欧米のロマンス小説など見ても、日本でモテる男性のタイプ類型を見ても、モテる男の
大事なキーワードは「トール、ダーク、ハンサム」ではなかろうか。
もちろん「リッチ」の一語は通奏低音のようにキッチリと根幹を決めてはいるが、
とりあえず「容姿」ということに限れば「背が高くて、肌が浅黒くて、堀の深い顔立ち」
の男性は、日本でも欧米でも女性に人気にちがいない。
直接リサーチしたことはないのだが、ホストクラブのホストの皆さんの多くは、
皮膚癌も怖れず日焼けサロンに通っている、とも聞く。

実に即物的に「そういう男性」を求めてエジプトにやってくる欧米女性も少なからずいる。
別にあからさまにそれが目的でなくても、日本人始めとしたアジアの女性たちも、
やっぱり現地の男性に言い寄られてあっという間に「恋に落ちる」パターンは多い。

別にそれはよろしい。
個人の自由なので。
真剣な恋に燃えるなり、割り切って遊ぶなり、お好きにどうぞ。

以前の記事で触れたこともあったと思うが、実はこの「肌が浅黒い」というポイント、
中東一帯では取り立てて美点にならないのである。
「まあ、そりゃあみんな浅黒いからねえ」などといってしまえば身も蓋もないが、
実際のところ現地の女性たちに色々聞いてみると、やはり「肌の色が白い男性」が
「ハンサム」という感覚らしいのだ。

「ここのオフィスで誰が一番ハンサム?」という質問を数箇所でぶつけてみた結果、
ベスト3に入ってくるのは「生白いヨーロッパ風」なオトコばっかりで、しみじみと
彼我の差(?)を感じたものである。

はるかグレコ・ローマンの時代から、支配階層は肌の白いヨーロッパ系の人種が
多かったせいだろうか、などと想像してみる。
特にエジプトに限れば、旧支配階級はトルコ系だった、ということも大きいのだろう。

尚、女性はどうかといえば男性よりも極端で「美人=色白」の図式はもっと強烈だ。
湾岸のほうの知人が「エジプトの女性は色が黒くてイヤだ」とはっきり口にするのを
聞いて「へえ」と驚いたこともある。

もっとも「じゃあ、結婚するなら?」の問いには、全員声をそろえて

「お金持ち!」

ということなのではあった。
ここで「そうねえ・・・」などとふと考えてみるのは、間違いなくたいそう立派なお宅の
お嬢様ばかり。
まあ、そんなものなのかもしれない。

ともあれ、このニュースを聞いて、インド辺りでも、同じような感覚があるのかなあ、
と思いをめぐらせた次第。

ところでこの記事で、色黒の花婿氏は花嫁の家の前でハンガーストライキを行って
抗議した、という話。
結局どうなったのかなあ、と少し心配してみたりする。
余計なお世話だろうが。
  

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2007年05月24日

皐月晴れの日、ギリシャを思う 

五月になると、何故かギリシャを思い出す。
明るい日差しと乾いた空気に、ジャスミンの香りなどが混じると、何故か思い出す。
ふと懐かしい香りに顔を上げると、橘の花が満開だったりする。
日本の初夏の空気は、一瞬だけ優しく甘い。
この後に来るのは梅雨だ・・・などと思わないで、せいぜいこの瞬間を楽しむことにしている。

ギリシャが一番ステキなのは、やはり五月頃だと思う。
夏も盛りになると、日差しが強くなりすぎてしまうのだ。
春が来て、郊外に野花が咲き乱れる頃のギリシャは本当に美しい。
おもいっきり海で遊べる夏も楽しいが、初夏のギリシャはまた別世界だ。
明るいけれど、まだ柔らかな日差し。
空気は爽やかで、オレンジの花が咲く。
初めてアテネに行っのがちょうど初夏の頃で、街中でオレンジの甘い香りがしたのを
今でも覚えている。
ああ、なんと美しい地中海の都よ・・・と、うっとりしたものだ。
あのオレンジは、きれいな実がなるのに食べられないということで、実がなる季節には
よく指をくわえて眺めていた。

ちなみに、初めてカイロに行ったのは二月の末だだったが、ひなた臭い埃の匂いがした。
で、結局そのイメージは十年変わらなかった。

そりゃあ、アテネ辺りでも十分うっとり出来るわけだ。
気の毒な奴だ、と思っていただくと良いのかもしれない。

実はアテネの郊外に住居があった。
休暇用のアパートメントですの、とか言ってみたいところだが、単なるオットの
単身用住居。
カイロ住まいの時代、オットはアテネ支店も面倒見ていたので、カイロと行ったり来たり
していたのだ。
最初はアテネの中心部近くの「ネオ・プシフィコ」というところに住んでいたが、
どうせなら海の近くに住みたい!と珍しくオットが強く主張して、街まで車で30分程の
「ヴーリャグメリ」という地域に引っ越した。

ここがなんとビーチまで徒歩10分、ゴルフコースまで車で10分という、
なんともステキなロケーションだったのである
(ビーチに面したエリアも当然あるが、こっちは「高級リゾート地区」で予算外だった。
とほほ)。

郊外なので、空も家の周辺も広々として気持ちよかった。
喧騒と雑踏のカイロ住まいだったものだから、たまにこちらに来るとしみじみほっとした
ものだ。

ついでに一応EU圏内でヨーロッパであるからして、近所の高級スーパーマーケットには
壁一面にワインやら洋酒やらがゾロゾロ並んでいる。
夫婦で巨大カート二台分、アホのように酒を買いまくったのも、馬鹿馬鹿しいが
懐かしい思い出だ。
あの時二人は、お菓子の家に迷い込んだヘンゼルとグレーテルよろしく(?)
ひゃあひゃあ、きゃっきゃっ、と異様なハイテンションに突入したのだった。

嗚呼、馬鹿だなあ。
でも当時のカイロでは、そのくらい「まともなワイン」が貴重品だったのだ。

どうでもいい「エジプト産」はあったが、本当にどうでもいい代物だった(過去記事参照)。

今頃はそろそろ暑くなってきているだろうが、四月末から五月にかけてのギリシャは
本当に素敵なので、ビーチで遊ぼうなどということでなければ、旅行にもこのシーズンを
オススメしたい。

尚、現在住んでいる横浜には、数軒ギリシャ料理のレストランがある。
港ヨコハマの時代があった、その名残だ。

スパルタ
最寄駅:関内 / 伊勢佐木長者町
料理:ギリシャ料理
採点:★★★★☆
一人当たりの支払額(税込み):3,000円〜5,000円
用途:夕食

先日、ギリシャが懐かしくなって、こちらの店にオットといってきた。
詳しい話は別のブログに上げるので、そちらの記事をご参照いただきたいが、
なかなか素敵なお店だった。

ギリシャ料理自体は、正直言って「中東系」としてはハイレベルと言い難いのだが
懐かしさでたまに食べたくなる。
ここの店など、ひょっとしたら現地より旨いかもしれない・・・などとイケナイことを
考えながら、懐かしく美味しくいただいた。

中東系、といわれると不思議かもしれないが、料理のスタイルや内容はかなり似ている。
オリーブオイルの量が多いことと、素材として豚肉もOKなところは大きな違いだが、
イタリアなど南ヨーロッパよりは中東に傾いた料理だと思う。
オリーブオイルの量は南欧や中東はどこでも多いだろうって・・・ギリシャは桁が違うのだ。

ドルマデス代表的な前菜にこんなものがある。
ギリシャで「ドルマデス」というのだが、
まったく同じようなものがトルコで「ドルマ」
アラブ圏で「マハシ」という名前で出てくる。
名前からすると、トルコ料理から来たものだろうか。



以上、五月晴れにふと思い出して、ギリシャの話など。
頭の中まで五月晴れらしくて、散漫でスミマセン。
  
Posted by arimaburabura at 22:36Comments(1)TrackBack(0) | Amazon.co.jp | 楽天市場 | ブログ

2007年05月12日

某社ガイドブックの思い出 其の一 〜祝!5万アクセス!!〜

おかげさまで5万アクセスを達成した。
せっかく再開したと思えば、諸々の事情でなかなかこちらの更新が出来なくなってしまったというのに、それでも覗きにきてくださる方がいる。
真に本当に、有難いことだと思う。

改めて御礼申し上げます。

このブログに関しては、あまり考え込まずに、ゆるりゆるりと更新していこうと思っているので、お見限りなくたまに覗いていただければ幸甚である。

5万アクセスを記念して、というほどの話でもないのだが、数日前にひょっこりと
とても懐かしい本が出てきた。

本もうシリーズ自体が無くなってしまったのだが、
一時期JTBの出版事業局が『フリーダム 自遊自在』という
『地球の歩き方』のような別シリーズを出していた。
このシリーズの『ギリシア・トルコ・エジプト』が
1992年に初めて刊行されたのだが、
この本のエジプト分は実は私が書いたのだった。

もう絶版だが、一応アマゾンで古書扱いで出てはいるらしい。

ギリシア・トルコ・エジプト自遊自在
(1,994年版)
ギリシア・トルコ・エジプト 自遊自在
(1997年版)

これも一度は改版がはいっているので、私の出したものよりはかなりマシになっているはずだが、どんな具合に変わったか興味もあって、恥ずかしながら買い求めてみた。
ただいま手元に着くのを待っている。
この辺のご報告は改めて。

この本の取材は1991年の6月に行った。
まったくもって馬鹿みたいだが、なんだかスケジュールの関係と行きがかりで、
よりによって一番熱暑激しい頃に、まるまる一ヶ月、炎天下の砂漠なんぞを駆け回って
いたのだ。
若いというのは素晴らしいことだなあ、と、最近中年らしくすっかり体力の落ちた
我が身のひ弱さをしみじみ思う。
それとともに、こういうことを見境なく敢行する馬鹿さ加減を、呆れつつ懐かしく思う。
体力の要る馬鹿なことは、そんなわけで若い頃にやりつくしたはずだが、何故か未だに
時々似たような状況に陥るのは、学習能力の無さ故であろうか。
ここまで凄まじいことは、どう頑張ってもやりこなせないので、あっちこっちで上手く
手を抜いたり、こっそり逃げて他所に押し付けたり、ということになるのだが、
これが「年の功」だとしたらちょっと情けないかもしれない。

エネルギーが無駄に有り余っているので、ちょっと考えれば楽が出来るところを、
遮二無二無理矢理遠回り敢行(気付かぬまま)、などということの繰り返しだ。
でも、この「無駄」の過程で見たこと聞いたこと感じたことが、実は強烈な印象とともに
記憶に焼きついていることが良くある。
ワカサはヴァカさ、とは思うものの、最近は強烈で鮮烈な感覚を覚えることが本当に減ってしまった。

ヴァカもそれなりに、いいところはあるのだろう。

この本は、勢いだけで取材して、勢いだけで書きなぐったものなので、94年版を出すに
あたっては、細かいフォローや追加取材をする羽目に落ちた人たちが、結構大変な思いを
したらしい。
実はこの仕事の焼き直しは、初めてエジプトに行くきっかけになった、昔の職場の
後輩に押し付けられたのだ。
その後輩が、私がその張本人と知らずに当時の諸々の面倒ごとの愚痴を語るのを、
背中にうっすら汗をかきながら聞いてあげたことがある。
何故か突然に気前よくビールなんかおごってしまう、私の挙動に不審を覚えられた結果、
事態が発覚してお互いかなり気まずい思いをしたものだった。

まあ、ひとりで突貫状態でやっつけたので、細かいところが相当荒っぽかったとは思う。
でも、均質性は無いながらも、改めて読むと結構面白い取材もやっているのだ。
手前味噌だが。

ついでにひっそり付け加えると、写真も自分で撮ったのである。
出版社の担当者に「写真もお願いします」と言われて、

「カメラ、持ってないですが」

と明るく答えたものだった(・・・嗚呼!)。
呆れて絶句しながら、担当者は「これ、あげます」と、当時でも旧式なバカチョンを
一台どこかから引っ張り出してきて支給してくれたものだ。

ところで、この本の仕事を回してくれたのは、他ならぬ「金子貴一」だった。

JTBから『地球の歩き方』のライターだったタカに「こういう本を企画しているけれど
誰かライターの心当たりはいないか?」という問い合わせがはいったのだ。
さすがに競合する同系統の本のライター本人は使えないので、という実に図々しい
問い合わせなのだが、タカの偉いところはそこでウダウダ言わず、即座に友達を紹介して
しまうところだろう。

そんなわけで、不肖ワタクシは「地球の歩き方の取材に同行して、アシスタントであった」という理由をもって(!)、この本をやることになった。

こうしてみると、タカには昔から色々世話になって面倒をかけているのである。

この本に絡む思い出話が、そうこうするうちにどっと沸いてきたので、何回かに分けて
ご紹介しようかと思う。

(つづく)


*補足:
本記事の中で「バカチョン(カメラ)」というレトロな用語を使ったところ、いくつか「差別用語では?」という御指摘をいただいた。

これは、所謂「インスタントカメラ」や「コンパクトカメラ」のことで、私がまだ小学生くらいのころに出てきたオートフォーカスのカメラを指す言葉だ。

ただ、これがたまたま朝鮮の人への侮蔑後と同音異義である、ということで自粛ムードが
高まり、その後に追いかけデジカメの時代となって、すっかり「死語」となっている。

しかし、この「バカチョン」の「ちょん」に関しては、江戸時代からある「ちょんまげ」
「ちょん切る」の「ちょん」で、「短い」→「足りない」→「頭が悪い」という意味合いになった言葉だ。
「チョンの間」などという言葉も、遊郭で使われていたが、歌舞伎用語が元らしい。
明治時代初期に『西洋道中膝栗毛(*)』というオモシロ本が出て、ここに「馬鹿でも、ちょんでも、野呂間でも・・・」という表現が出てくるところがよく引っ張り出される。
だから、差別用語云々以前に「馬鹿でもちょんでも」というのは、定型表現として成立していたわけだ。

*注:『東海道中膝栗毛』のパロディで、弥次さん北さんの孫がロンドンの万国博覧会に行くという内容の本らしい。読んでみたいな(笑)

こんなことクダクダ書き連ねるならば、素直に記事を書き換えたほうが早いし、どっちみち
上品な言葉でもないのだが、とりあえず上記のような言葉であることだけ、
為念補足しておく。

私は、上品でも下品でも、日本の古い言葉は好きなのである。

でも、程度は知れているので、不見識の御指摘は今後も歓迎します。
本当です。


追伸:
金子貴一の名著『報道できなかった自衛隊イラク従軍記』は、引き続き絶賛発売中!
未読の方は、是非どうぞ!!

報道できなかった自衛隊イラク従軍記
  
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