2006年10月27日

エジプト エネルギー事情(補足と訂正)

10月21日の記事について、知人より補足が。
私の認識不足も多いにあるので、訂正とともに以下ご参照を。

「エジプトにも確かに、天然ガスや石油などの資源はあるが、私の知る限りではせいぜい自国消費程度(ただしおかげで現地のガソリンは安かったけれど)」と書いたが、天然ガスに関しては完全に認識を誤っていた。

「こちらのコメントで、一点少々事実と異なるのは、エジプトは産油国としては小規模ですが、産ガス国としては結構なもの、ということです。今欧米メジャーが大規模な投資を行いつつ、開発事業を行っています。恐らく天然ガス、LNGの輸出で、あの国の経済状態は大きくimproveする筈です」

確かに、シナイ半島や砂漠沿いを走っていると、天然ガスの採掘現場(?)と思しきポイントを通り過ぎることがよくあった。

どうも「エベルギー資源=石油」というイメージが、自分の中で無意識のうちに相変わらず根強いのをつくづく感じてしまった。
それが時代遅れなのはわかっているのだが、しょせんは石油全盛時代の生まれ育ち、ということなのだろうか?

時代は変わってきているのだから、そういう思い込みはよくないなあ、と自戒する次第。

以上、訂正まで。

補足してくださった知人の某氏に、この場を借りて御礼申し上げます。
ありがとうございました。

  

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2006年10月22日

イランで初の民間携帯電話サービス始まる〜ニュースのお時間です〜

このニュースを聞いて、エジプトで初めて携帯電話が認可された時のことを思い出した。
今となっては、そんな時代があったなんて想像もつかないような普及ぶりらしいが、
当時は認可されるされると言いながら、何度となく延期になっていたものだ。

イランの状況が、その当時に重なるような気がして、携帯電話認可当時のエジプトのことをふと思い出した。

イランのニュースについては、以下を参照。
livedoor ニュース


もう10年も前の話になってしまうだろうか?
カイロで働いていた時代のある日、イギリス人の上司と一緒に、エジプトの大手顧客を訪問していて、そんな話になったことがある。

「また携帯が認可延期だそうだ」
「またかい。で、どうして?」
「逆探知と盗聴のメソードが追いつかなかったんだってさ」

ここでの反応は、まっぷたつだった。

「はぁ? そんな馬鹿な?!」と、呆れ驚く上司と私の一方で、訪問先のエジプト人社長やスタッフたちは「さもありなん」「そりゃあそうだろうなあ」と、普通に自然な納得顔でウンウン頷いていたのである。
実にまったく自然な反応だっただけに、一瞬内心あっけにとられたことがある。

それを見て、自分の認識の甘さを、改めて思い知ったものだ。
確かに、自宅の固定電話になにかにつけて盗聴音が入っていた時期もあったし、この国での言論の自由は、実はかなり制限されたものだ、と頭では理解していたのではある。
でもエジプトという国が表面のんびりしているせいか、実感が伴うことは意外にない。

しかし現実には、その場にいた彼らにとっては「政府の言論統制」など、ごく当たり前のことなのだ、としみじみ思い知った。
良し悪しをここで言うつもりはない。
ただ「そういう常識」が、当たり前に身について行動する人々なのだ、という現実が、大変マイルドな形ながら見えてしまい、自分の認識を改めたものだ。

昨今、アメリカの圧力もあってか、ずいぶん国内の雰囲気が変わってきたとはいう。
確かに、現政権やその後継などについてなど、政治的な話がほとんど日常の会話ではタブーだった10年余り前を考えると、国内の雑誌などのメディアでも、逆に心配になるくらい大っぴらに「政治」を語り、批判するようになっている。

イランの携帯電話認可の話で、そんなことを思い出し、考えた次第である。
  
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2006年10月21日

エジプト:天然ガス採掘・石油精製で中国と協力〜ニュースのお時間です

中国とアフリカの関係は、このところ何だか不可思議だ。

以前に、温家宝首相がエジプトを皮切りにアフリカ諸国を歴訪したニュースに触れたことがあるが(こちらを参照)、またまた中国対エジプトがらみのニュース。

詳しくは以下参照。
livedoor ニュース


エジプトにも確かに、天然ガスや石油などの資源はあるが、私の知る限りではせいぜい自国消費程度(ただしおかげで現地のガソリンは安かったけれど)。
確かに日本や欧米の各国資本は入っているが、メジャーな産油国ではない。

スーダンに中国人労務者が大量に送り込まれているような状況は、例えばエチオピアやナイジェリアといった国にもあるようで、人的資源まで無償提供してプロジェクト支援をしている中国。
「どう考えても採算があっているとは思えないものもあるね」とエネルギー関連の仕事をしている知人が言う。

今回の記事は、私の足りない知識と頭でナンボ考えても「なんかヘン」という程度の
コドモのような感想しか出てこないので、こちらはまた別の、エネルギー関連に明るい知人に「このニュース、どう思います?」と、聞いてみた。

知人のコメントは以下の通り。

「中国は御存知の通り、このまま行くとエネルギー不足で破綻、革命が起こる危険も有り、現体制を維持する為にバブルをある程度抑えつつもエネルギー確保に躍起です。

日本は無資源のくせに脳天気ですね。

それでも何等かの新エネルギー対策をしないと、中国も結局近々エネルギーが足りない状態にならざるを得ないのですけどね。

アンゴラ(アフリカ)の石油権益を得る為に日本のODAに匹敵する資金量を使ったし、中央アジアからマジにパイプラインを敷設して石油持ち込んでるし、とにかくブラックホールの様な国ですよ。

これはエネルギーだけでなく、近々食料、水、等でも同様の現象となってきます。
正に「不気味」という表現がピッタリです」

ふうむ、なるほど。
特に近年、石油以上に危機感高まっている「水」も絡む。

中国は国家の一番二番が今年に入ってからアフリカ大陸を囲い込むように歴訪している。
子供が白地図を描くようにわかりやすい訪問順だった
つまり、私にもわかるようなシンプルさだ。
そんなシンプルなものが私にすら感じられる、ということは、深いところでは「もっと凄いこと」になってるんじゃ・・・?、などと考えてしまう。

そのレベルでの歴訪など、それ以前のレベルでのお膳立てがうまくいっていなければできないことなのであるし。

一方で、資源関連の日本の動きは、正直言って良くわからない。
私が知らないだけかと思っていたが、かの知人にして「日本は脳天気」ということだ。

丸腰で兵糧も確保しないで国際社会を右往左往する図・・・なんて、つい想像してぞっとした。

ついでに、近所の大変情けないオス猫を思い出してしまった。
猫のケンカは、最初の睨み合いで勝負が決まるんだけど、目が合う前に逃げまわってる「お坊ちゃん猫」である。
我家のオネエサマ猫たちにまで、馬鹿にされている。

日本がアレだとは、思いたくないんだけれど・・・。

  
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2006年10月19日

アラビア書道展『サンドローズ(砂漠の薔薇)2006』開催

上記イベントが、横浜で開催されます。
アラビア書道に関心お持ちの方、是非お運びください。

詳細は以下の通りです。

開催期間:2006年11月1日(水)〜11月6日(月)
時  間:10:00〜18:00(最終日は13:00まで)
会  場:かなっくホール ギャラリーA
     (横浜市神奈川区民センター)
会場住所:横浜市神奈川区東神奈川1−10−1
会場電話:045-440-1211
アクセス:。複凖貎斉狎遽悗茲蠹綿癸永
     京浜急行仲木戸駅より徒歩1分
     E豕淌豌線東白楽駅より徒歩10分
入 場 料:無料

歌舞音曲や絵画が、原則として教義上禁止されているイスラームの世界で、アートとして広く発達してきたアラビア書道。
東洋の書道とは違った、絵画的な躍動感溢れる世界です。

  
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2006年10月15日

預言者ムハンマド風刺画問題が再燃!

呆れて声もでないが、またデンマークで阿呆な事態が・・・。

まあ、よく聞いてみると、極右政党の若い連中が夏の集まりで酔っ払って、またまた悪趣味な絵を描いて遊んでいた、という、実に幼稚でお粗末な話。

しかし、意地の悪いことに、ここに潜入していたアーティストがその様子をビデオに撮って、ネットで全公開してくれたおかげで問題が公になってしまった。

詳細は以下ニュース参照。

http://www.asahi.com/international/update/1011/022.html

http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20061012-102707.html

デンマーク製品の不買などで、相当な経済打撃をくらい、当初の対応の悪さも手伝ってすっかり対外イメージが悪くなったラスムセン首相は、この事態に批判声明を出している。
「やっと忘れてもらいつつあるのに、いい加減にしてオクレよ・・・」と、トホホな気分なのかもしれない。

今回の事件は「私的な集まり」と気を抜いて悪ふざけをした「右翼のオバカな若者」のやらかしたことで、こういう低レベルな連中は相変わらずだ、という事実にはさほど驚きを感じない。
ヨーロッパ各国、こういう馬鹿はどこにでもいる。

むしろ悪意を感じるのは、この映像を流したアーティストとやらの行動だ。
なにを思って公開したのか?
極右政党の批判、というより、もっと悪質な意図が感じられる。

なぜ、こういう形でイスラーム世界を挑発しなければいけないのだろう?
この類の挑発に、イスラーム世界が確実に激昂するのを見越した上だとしたら、悪意の根は深い。

最近、こういった「正義の味方」を装って、イスラーム世界を挑発し過激化させる動きが意図的に仕組まれているように思えてならないのである。

対立を深めることで、利を得るものがそこにいる。
  
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2006年10月08日

再び、ラマダーンの風景 〜彼らの信仰、私のお仕事 其の二〜 【第64話】後編

(前編よりつづく)

●エジプトのキリスト教徒たち

なんだか愚痴が長くなったが、これは私の宗教的信条よりは、マジョリティーだから
マイノリティーに対する配慮を欠いても良い、という無神経さに対する、
実に子供っぽい反発でもあった。

「エジプトはイスラームの国」とされている。
実際に国教はイスラームだ。

でもしかし、だからといって、100%がイスラム教徒というわけではない。
これはエジプトに独特の状況でもあるのだが、コプト教徒という東方正教系の
キリスト教徒始め、少数のカソリックやプロテスタントが、エジプト全人口の
10%以上いるのだ。

表向き、こういったキリスト教徒は、イスラム教徒とうまく共存しているように
いわれているが、実態を見れば、表面社交上はうまくやっているけれど、実感や実生活では
マイノリティーなりの鬱屈憤懣を相当抱えているな、という印象がある。

エジプトのキリスト教徒は「存在を許された人々」というポジションに甘んじてきたが、
昨今ではそういった状況に不満がかなり鬱積してきて、社会問題化しつつあるらしい。

昨年の記事のどこかに書いた記憶があるが、この断食期間中に昼間の社員食堂に行くと、
コプト教徒の不満が思うさま吐き出されている。

曰く、
「我々だって宗教上の断食がある。同じ信仰を持ちながら、イスラム教徒だけが
優遇されるのはオカシイ!」
「辛いツライって、連中は年一回だ。我々はもっと多種多様な断食期間が年中ある」
「なんにせよ、ヤツラは勝手過ぎる!」
などなど・・・。

そこで私も、宗派は違えどキリスト教徒、ということがわかると、こちらは逆に
ぎゅっと距離を詰めてくるから面白い。

まあ、不満を噴出させるわりに、コプトの社員もラマダーン中はイスラム教徒と
同じ時刻に、全員ではないにせよ全速駈足でそろって退社していたのだけれど。
その辺が特に気にならないらしいのは、大変面白い・・・。

尚、当時、某外資系企業が「コプト教徒はラマダーン中も通常と同じ退社時刻」
としたら、陰で凄まじいブーイングの嵐が巻き起こったところも見た。
確かにこれは、よくよく事情を聞くと片手落ちで、コプトの宗教行事を全く考慮していなかったので、怒る口実を与えたようなものなのではあった。

しかし、コプト教徒の場合は、敬虔な信者と、なんとなくナァナァな信者が明らかに
いるから、一律に決めかねたのかもしれない。

なんであれ、宗教というものは難しい。
切羽詰らない限り、ゆるゆると接するのが、やはり一番無難なのだ。

ましてや「我々の正義と常識」と称する、西欧型の感覚(例えば民主主義)を、
これが正しいと高圧的に押し付けようものなら、今度はイスラム教徒もコプト教徒も
一致団結して、アンチ感情に走る。
国や地域によっては、マイノリティーが西側のパワーをうまく利用することはあろうが、
基本的に好感情で迎え入れられているわけでないのは同じだ。

以上、今回は不満とボヤキの思い出話。
長く住んでいても、こういうことはあるのだ。

不満なく住める国など、世界中探してもあるわけないのだし。

この辺の奇妙さを感じられるようになったのは、同じイスラーム圏のトルコに
住んだあとのことだった。
一口にイスラーム圏と言っても、状況は色々なのだ。
それを実体験しただけでも、トルコで過ごした時は貴重だったと
いまさらに思うのである。
  
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2006年10月07日

口あたりのいいことばかりでなく・・

今回(連載第64回)あれやこれや書いていて、随分大人気ないことをしたものだなあ
と、我ながら少し呆れる。
第三者の視線から見ると、当時の状況と経験と年齢を考えれば、まあ仕方あるまい
とも思うのだけれど、やはりどうも随分恥ずかしいことをしたものだ。

でも、敢えて公開してしまおうと思ったのは、口あたりのいいことばかりでなく、
自分で経験したジレンマやストレスを御紹介するのも、それなりに参考になるかも
しれないなあ、と思ったからだ。

言い訳がましい?
・・・スミマセン・・・。  
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彼岸花

彼岸花2都内の空き地の片隅に、彼岸花がさいていた。

紅い花がある日突然咲いて、おや、と思うと姿を消している。
なんだか謎の花だ。

名前の由来は、単純に「彼岸の頃に咲くから」とやら。



彼岸花「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」という名もあって、こちらは梵語か由来。

「天上の花」ということで、こちらは吉兆を示すのだが、
何故か日本では「死人花」「地獄花」「幽霊花」などなどとも呼ばれて、
どうも不吉なイメージが強い。




確かに、そろそろ陽が短くなる時期に、突然咲いて姿を消す姿といい、
華やかというよりはどことなく暗い紅の色合いといい、
不吉かどうかは別として、どうも不思議な花ではある。

これから冬に向かう、という思いを映しているのだろうか。
  
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2006年10月06日

再び、ラマダーンの風景 〜 彼らの信仰、私のお仕事 其の二 〜 【第64話】前編

●続「お祈り」と「お仕事」、そして「宗教」

「エジプトでのラマダーンは正直に告白すると、案外人間関係的にしんどかった」
と、前回ぼやいた。

単なるボヤキである。
個人的な愚痴だ。

でも敢えて言ってしまうと、ラマダーン中のエジプトのイスラム教徒というのは
往々にして非常に押し付けがましくなる。
時には高圧的ですらある。

イスラームに限らず、信心深い人と対するときに、その宗教の詳細やその是非に
ついて議論するのは、どこの世界でもタブーだろう。
もしやると、たいていは感情的になって相手がヒステリックになるか、逆に
非常に沈鬱な顔つきで立ち去られた挙句に、二度と口を聞いてもらえなくなるか、
そのどちらかだと思ってよい。

いや、エジプトなどでイスラム教徒を相手にそういう議論をしたわけではない。
たまたま私は古いプロテスタントのクリスチャンの家で生まれ育ったので、
中学生くらいのころに教会で、そういう類の議論をぶつけたことがあったのだ。

たかが子供のいうことに、大人がむきになって
「あなたのいうことは間違っています! 何故なら間違っているからですっ!!」
という様な反応をするのにウンザリした挙句、教会に行くのをやめてしまった
ことがある。

いま私が大人としてその場にいたら、そんなコナマイキなガキは一瞬でひねって
やれると思う。
自分の宗教に対するスタンスを、常に取りかねている不信心ものの私だから
言えることもあろう(勿論、これは威張れたことではない)。

一方で、敬虔で信心深い人というのは、往々にして視野が狭く頑ななところがある。

そんな経験が頭の隅に残っていて、現地で宗教の話は極力避けていた。
虎の尻尾で遊ぶには、本人あまりに余裕がなかったのである。

でも、腹の立つことの一つや二つ、三つ四つ五つ、こうした異種の信仰を掲げて
対してくる同僚になかろうはずはない。

例えば
「断食をしないのか? 何故だ?? 良いことではないか・・・。
少なくとも我々と、気持ちを分けあえるのに、何故オマエは断食をしないのだ」
などという問いかけは、聞き飽きるほど聞いた。

「私はクリスチャンだから」と、我が母や親族がどう考えても「是」としなかろう
一言で、全ての議論を逃れていたものだった。

そもそも、自分たちの大事な宗教行事に、そう簡単に異教徒を誘うことは、
神(アッラー)に対する不敬ではないのか??、とよく不思議に感じたものだ。
何の神であれ。

(*注:アッラーというとイスラームだけのように思われがちだが、英語で"God"が
「神」を一般に示すのと同様、アラビア語のアッラーも普遍的に「神」を意味する)

こういった宗教儀式である断食に「体験参加」するほうが、よほど不敬に思えるが、
そういう考え方は偏狭なのだろうか?

まあ、したい人はすればよいと思うが、私は頑としてしなかった。
あくまで、私個人の気持ちの問題である。
日本で寺社仏閣にいっても、見学のみで参拝は避けた私が、エジプトだからといって
「断食」という真に宗教的な「行」に参加するのは、間違ったことに思えたのだ。

挙句に「XX社の日本人スタッフは、断食をしているそうだ」などと言われる。

あ、そう・・・そのヒト、何日か前に我が家で飲んだくれて帰ったがな・・・などは
言わぬが花だ。
イスラム教徒ですら、本音と建前の使い分けが必要なのだ。
その彼を責める理由は、全くない。

それにしても、黙ってこっそり昼食を済ませてオフィスに戻れば
「あ、ナニカ食べたな・・・?」と、鼻をヒクヒクさせられるのには参った。
そういう煩悩に耐えるのが「行」なのではないのかねえ。

いまはやめたが、当時はヘビースモーカーだったので、煙草を吸う場所も考える。
普段は「女子喫煙所」状態の場所で、煙草なんぞ吸おうものならば睨まれるのだ。

だから、わざわざゲスト用のトイレで、人気の少ないところを選んで「個室」に
閉じこもってコソコソ吸っていたものだ。
不良に憧れる中学生じゃあるまいし・・・と、たいそう情けなかったのを今でも
覚えている。

しかし有り難いことに、この期間はイスラム教徒が「イフタル(断食明けの食事)」
を自宅でとれるよう慮って、退社時間が一時間ほど繰り上がる。
だから、全員全速駈足で退社したあと、人気のない静かなオフィスで仕事をするのは
なんだか楽しかった。
解放感があるということは、それなりに一日中、結構ストレスがたまっていたという
ことでもあるわけだが。

私一人だけ残った事務所で、ゆっくりと煙草を吸う。
他には、隣のオフィスにイギリス人の上司が居残っているだけだ。

はあ、やれやれ・・・と思っていたら、一人仕事で居残りになっていた下っ端の若造
が、
「オマエ、ラマダーン中なのに、どういう神経してるんだ!」と言ってきた時は
さすがにカチンときた。

「就業時間は過ぎてる。ココは私のオフィスだ。しかもオマエの場所は外の廊下だ!」

なんという、大人気ないことを言って、オフィスのドアを閉めたりしていた・・・
あ〜あ。

(後編に続く)
  
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2006年10月05日

NHKテレビ アジア語楽紀行 旅するトルコ語

うっかり御紹介が遅れたが、NHK教育テレビの『アジア語楽紀行』、10月と11月は
「トルコ語編」となる。

詳しくは以下を参照。
http://www.nhk-book.co.jp/shop/main.jsp?trxID=0130&textCategoryCode=31012

トルコ語を聞くと、いつもなんだか猫がナニカしゃべっているような言葉だな、と思う。
テレビの前で、なんとも懐かしい気分になった。

  
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2006年10月04日

常見藤代さんの写真が、雑誌掲載!

先日、写真展のご案内をした常見藤代さんの写真が、雑誌掲載されているのでご案内です。

『pumpkin 10月号』(潮出版社)
pumpkin (パンプキン) 2006年 10月号 [雑誌]


「フォトレポート エジプト〜砂漠の女たちの昔ばなし」と題して4ページ、カラーのフォトエッセイが掲載されました。

エジプトは東方砂漠のベドウィン女性の放牧生活が、常見さんの写真とエッセイで紹介されています。

貴重な記録の一端がうかがえます。
一日も早く、作品集が出版されることを待ち望みます。
  
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2006年10月02日

ある日、夫との会話

家内の話で恐縮だが、今回の話(連載第63話)の糸口は、夫の一言だった。

「そういえば、モスクの入り口は男しか見かけないけど、女性はどうしているの?
会社なんか、お祈りはどうしてるんだろうなあ」

確かに彼の事務所は男性スタッフだけだったし、他所の女性スタッフの行動など
見たくても見られない。
私の日々是闘争の物語(?)は、日常でありすぎて家で不満を漏らすほどの
ことではなかったから、彼が知る由もない。

彼も八年現地に住んでいたが、視点の違いってあるものだ。
だから、私が「当たり前だ」と簡単にやり過ごしている小さなことが、
意外に根本にかかわる話かもしれない。

と、いうことで、どんなにつまらないことでも、疑問や気になることなど、
是非お寄せください。

すぐに取り上げられなくても、どこか何かの形で、また私も一緒に考える形で
書いていきたいと思っています。

また、すでにお寄せいただいたリクエストも、随時取り上げていきますので、
お楽しみに。  
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2006年10月01日

第63話 再び、ラマダーンの風景 〜彼らの信仰、私のお仕事 其の一〜(後編)

(前編のつづき)

●「お祈り」と「お仕事」

トルコのときの話は昨年記事をご参照いただくとして、エジプトでのラマダーンは
正直に告白すると、案外人間関係的にしんどかった。

昨年10月13日配信の「第31話」では、以下のようなボヤキが出ている。

「実際、断食をしているイスラム教徒には、異教徒もきちんと敬意を払って行動
することが厳しく求められる。
その雰囲気ときたら、ほとんど押し付けがましいほどで、気を遣いながらも
結構むっとくることがあった。
でも、大勢が「断食すべし」という空気なので、文句など言いようがない。」

去年はこの程度ボヤいただけにしておいたが、実はこの行間には汗と涙の歴史が
刻まれているのだ(ちょっと大袈裟)。
単純に現地にいるだけであれば、案外楽しいことも多いこの季節だが、
カイロのホテルでは仕事と同僚たちとの人間関係の兼ね合いに結構苦労した。

神に祈ることの大切さは、よくわかっている。
どんな宗教であれ、祈ることから全ては始まる。
郷に入らば郷に従え、という言葉もある。
だから、誤解しないでほしいのだが、それでも物には限度というものがあるのだ。

私のいたオフィスは、男性三名と女性一名の同僚と同室だった。
そしてここが「女性スタッフ用のお祈り場」になっていたのだ。

同室の男性スタッフは全員がイスラム教徒だったので、当たり前の用に仕事を中断して
部屋を空ける。
私は「女性だから居ても構わないけれど、目の前だけは通らないように」と
言われていた。

そこまではいい。

しかし参るのは、社内で商談中など、急に書類や資料が必要になってオフィスに
駆け戻ってきたときだ。
「お祈り中」ということで、内側からがっちり鍵のかかったオフィスのドアに、
焦りつつ呆然とすることがよくあった。

こればかりは仕事の邪魔なので、お祈りを始める前にオフィスの鍵を外の秘書の
デスクに置いといてくれろ、と頼んだが、毎度毎度きれいに忘れてくれるのだ。
秘書が居るときは鍵を借りて入るが、居ないときには外でお祈りが一段落つくまで
待つより他ない。

そんなに焦らなくても、現地のペースで仕事をすれば、と言われてしまいそうだが、
当時は結構時間に追われて仕事をしていたのである。

そんなわけで、相当強行に交渉して、怒り泣き、なだめすかして、どうにか
「お祈り中、アリーマが出入りできる用にしておくこと!」という形にしてもらった。
いや、実をいうと、今ではちょっと反省しているのだけれど
「そうしないとドアを蹴破るぞ!」と暴れたりしたのだ・・・嗚呼・・・。

どうせセールス&マーケティング部(私が所属していた部局)の女性スタッフは
皆一人ずつ変わりばんこにお祈りをするのだから、入り口に居る秘書が不在でも、
「次の人」が、オフィスの鍵の番をしておくか、それができないなら
鍵を私のわかるところに置いといてオクレ!という、私の要求は
非礼なものだったのだろうか、と今でもときどき考える。

ちなみに、この部屋の片隅には「お祈りセット」が常備されていた。
ヒジャーブ(髪を覆うもの)、長いスカート(ウェストはゴム入り)、そして絨毯一枚が、
袋におさまっていた。
コーランも一冊置いてあった。

ところで今でも謎なのは、礼拝前の「お清め」だ。
やはり女性スタッフのたまり場兼喫煙所だった、本来はゲスト用のバスルームで、
手はともかく足や顔を洗っている現地人女子は、五年間一度も見たことがない。

夏場は素足だが、冬はしっかりとストッキング着用だし、何しろ化粧は派手だ。
一度落として化粧直しなんて、考えられない。
女性の場合、その辺どうしてたのだろう・・・?

本来ならば、手、足、顔と首は洗ってお清め、という手順があるはずだが、
あれは省略可能なものだったのだろうか?

ご存知の方、教えてください。
私も調べてみますが。

(2006年9月28日(木)配信)

・・・この話題、次号配信に続く・・・

  
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雑感

この連載は、中東現地を少しでも身近に感じていただければ、という思いで
綴ってきたものだ。

当初はネガティブな視点はできる限り廃することにしていたが、
世界中どこに行ってもそれなりに、どこかしら歪んだ部分はあるものだから、
最近は、多少ネガティブな視点が入ってくることがある。

これは特に批判しようという意図ではなくて、私が個人的に
「こんな経験をしてどう感じたか」と、それだけの話だ。

それについて、ご意見ご感想などあれば、是非寄せていただきたい。  
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