2005年07月30日

エジプトの歯ブラシ〜オドロキの「歯渡り3僉

エジプトの歯ブラシ比較1しばらく前、夫が中東出張した折に、懐かしいものを持って帰ってきた。
「歯ブラシ」だ。それも「歯渡り(?)」3センチはある巨大な代物。
まだあったのかい!と、懐かしさがこみ上げた。


恥をしのんで告白すると、
15年ほど前、初めてエジプトに渡ったとき、実は歯ブラシを忘れたのだった。
「飛行機でもらえるだろうから、まあいいや」と思っていたところもある。

渡航時は贅沢にもビジネスクラスだったのだが、
このエジプトの某国営航空で何故歯ブラシがもらえなかったのか覚えていない。
「ペンちょうだい」と言ったら、クルーが三人、体中のポケットをひっくり返して
東京で宿泊していた某Tホテルのペンを差し出してくれたのは覚えているけれど。

ペン一本でこの調子だから、歯ブラシも「なかった」のかもしれない。
実は私の特技は、こういうどうでもいいようなトリビアな記憶を映像で呼び出せることらしいのだが、
押してもついても出てこない。ムラがあるのだ。
若年性マダラボケが30年ほど続いてるんだろうか?

やれやれ。

まあ、とにかく、歯ブラシを持たずに現地着。
住居に落ち着いてすぐ、近所に歯ブラシを買いに走った。

薬局で"toothbrush"と言ったら、あっさり通じたが、
出てきたのは明らかに「靴ブラシ」だった。
「ちがうの〜」と泣いたが、わかってもらえず、
泣く泣く「歯渡り3僉廚鯒磴辰拭

で、次は、挨拶に行った住居の大家さん(同じビルだった)に、
アラビア文字とアルファベットに
英語の"toothbrush"まで付けて書いてもらい、再び街に出た。

因みに、アラビア語では「フォルシェット・アスナーン」という。
フォルシャ=ブラシ、アスナーン=『歯』の複数形。
二語がリエゾンして上記となる。

今度は念のため、二軒違うところに当たったが、
結局「歯渡り3僉廚脇韻犬世辰燭里如△修Δ覆鵑澄弔板めた。
ただ、硬いわデカイわで、結構つらかったので、
母に歯ブラシ二本、送ってもらった記憶はある。

その7〜8年後、高級なスーパーマーケットなどでは、
ヘッドの小さい歯ブラシも売られるようになったけれど。

15年以上たって「いや〜、あの辺の歯ブラシって…」と
夫が持ち帰った歯ブラシを見て、結構胸がキュンとなった。

そう、最初にまともに覚えたアラビア語って
「フォルシェット・アスナーン」
だったのだもの。

エジプトの歯ブラシ比較2写真は、お見苦しくて恐縮だけれど「例の歯ブラシ」と「普通のやつ」。
でもこれ、いいかげんに取り替えないといけませんね・・・どっちも。

  

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2005年07月29日

寝ぼけるタケゾウ、視線を合わせないハナちゃん、ヒメちゃんは相変わらず強気

●ハナちゃん
視線を合わせないハナちゃんハナちゃん、なかなか写真を撮らせてくれません。ヒメちゃんは即カメラ目線なのに…。


ハナちゃんは目が・・・実は、連載のトルコのパンの話で出てきた、交通事故で死にかけたパン食い猫がこのハナちゃん。以来右目が不自由なので、ちょっと内気になってしまったが、たまに脈絡なく強気になります。


●ヒメちゃん
ヒメちゃんは巣づくり一方で、常に強気な界隈の女ボスは、何故か台所の片隅が定位置に。袋を散らかさないで!と叱られたら、山を崩さないようそっと乗る…この蒸し暑い中、何故? 尚、ベッドでの定位置は、ど真ん中です。どかすと怒る。


●タケゾウ
寝ぼけるタケゾウ1タケゾウは、暑い時も寒い時も、必ず私のベッドを暖めておいてくれる。どかしても、ヒメちゃんのように喧嘩ごしにはならないが、代わりに喉を掻け、次は首、ほれ耳も…と、うるさいのだ。
無視すると、腕にしがみつき喉まで引き寄せて、ほれほれ、という。ここまでやる猫は初めてだが、もう一つ妙なのは、寝起きが悪くてたまにご飯を食べ損なうことだ。ぐっすり寝てる時、起こすと文句をいわれるのだ…
  
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2005年07月28日

【第21話】 エジプトの夏について

●追悼

去る7月23日、エジプトはシャルム・エル・シェイクで
陰惨にして凄惨な事件が起きたのは御周知のとおりである。

この場を借りて、失われた生命に、心から哀悼の意を捧げたい。
何の神であれ、あなたがたの信ずる神が魂に平安を賜りますように。

今回はまたエジプトのお酒の話をする予定であったが、次回としたい。
御理解いただきたい。


●エジプトの夏は、どのくらい辛いのか? 

・・・といって、本当に休載などにすると、これはただの手抜きなので、
せめてノン・アルコホリックなお話を。

さて「エジプトの夏」といわれると、日本人はたいてい
「アッチッチのチ」状態を思い浮かべるようだ。
確かに一面正しくはある。

夏の一番暑い時間帯に外を出歩くと、凄まじく消耗する。
日陰から日陰へとジグザグ移動を繰り返す羽目に落ちるのだ。
「紫外線を避ける市街戦」の様相である。
しかも援護射撃ははない(あるわけないし)。

肩で息をしながら「二度とこんな馬鹿げたことをすまい」
と、何度思ったかわからない・・・
が、気質的に猫型なので、三歩歩けば忘れてしまう。
結局毎年、似たり寄ったりの行動を繰り返していた。

だから、日中はなるべく屋内で過ごしませう、と強調したい。

「空いているから」という理由で、日陰もろくにないゴルフ場で
18ホールをスルーで回る・・・などというのは、問題外である。
ハイ、うちは夫婦でやってしまったことがあります。

「空いている」というより「人の気配がない」「犬すらいない」
という状態でしたっけね。

とはいえ、エジプトの場合、屋内は涼しく過ごせるように作られており、
屋外でも日陰に入れば何とかしのげるものだ。
日本の東京あたりのように湿度が高いと、日向も日陰も暑いもんは暑いが、
湿度が低いエジプトのような土地では、日陰に入るとすうっと涼しくなる。

日本では「暑いねえ」と窓を開けるが、
エジプトでは窓を閉め、雨戸も閉めてしまう。
すると、建物が古い場合などは特に、
結構ひんやりしてくるから面白い。

湿度が低い場合、
肉体的な不快指数は少なくとも気温で10℃は下がる、と思う。
カイロの35℃は、日本の25℃ということだ。快適な初夏の陽気である。
でも40℃は30℃だから、ちょいと辛い、と。


●エジプトのホテル営業マンの夏・・・

カイロのホテルでは営業だった。
営業マンに付き物なのが「外回り」。
これは、程度の差はあれ洋の東西南北(?)を問わぬ宿命である。

しかし夏の外回りはきつい。
日本の都市部のように、
ちょいとスタバだ、ドトールだというわけにはいかない。

だから、なんとなく皆、事務所にたまりがちになる。
が、それに勘付いた総支配人Mr.O(絵に描いたようなドイツ人)が
オフィスに抜き打ちでやってきて
「営業マンの半分以上が、この時間にオフィスにいて何をやっとる!」
と怒号を飛ばすようになったことがある。

しかし、エジプト人の社内ネットワーキング・パワー(?)
というものは侮れない。
二度ほど急襲を受けたあとは、
誰がどう作ったかわからんネットワークが確立された。

さっきまで、でれでれと雑談していた連中が、
突然にわかにPCに向かい、ファイルを引っ張り出し、
背筋を伸ばして「何かやるフリ」を始める。

「Mr.Oがくる!」という極秘緊急情報は、彼が総支配人室を出て、
我らが営業マーケティング部に達する数分間のうちに伝わっているからだ。
尚、当時のオフィスは日本で言う「うなぎの寝床」の一番奥にあったため、
いかな典型的ゲルマン民族の総支配人といえども、
宴会、料飲という途中にある部局をスタスタ無視して過ぎるわけにはいかない。この辺のチームワークは立派で、うまいこと引き延ばしまでかけてくれる。

でも、結局のところ、Mr.Oはわかっていたらしい。
あれは営業マンに緊張感を持たせるためのデモンストレーション、
と後できいた。

でも、エジプト人の「内部諜報能力」には感嘆したそうだ。


●「熱い」夏をすごす飲み物

カイロの夏ときたら「暑い」を通り越して「熱い」!
こうなるとほとんど清々しくさえある。
日本では体中が汗でじっとりするので気持ち悪いが、
カイロでは、汗は出た瞬間に消える。

でも、慣れないと
貧血、高血圧、消化不良、熱中症などなどの症状が出てくる。
自分でも気付かぬうちに脱水症状を起こすようなケースもあるので
水分補給は必須だが
「冷たいミネラルウォーターのがぶ飲みは御法度!」と以前書いた。
こういうときに、適度に飲むといいのは「土地の飲み物」だ。

土地のものというのはうまくできていて、丁度いい飲み物がある。
例えば「カルカデ」と「アシル・リモーン」だ。

オーガニックハーブティハイビスカス(ティーバッグ25袋入)カルカデは、ハイビスカスのお茶。
最近日本でもティーバッグのものなどよく見かけるが、
主要原産地がスーダンと南部エジプトで、
ルクソールやアスワンなどのホテルのウェルカムドリンクでよく出てくる。
もちろんカイロでも注文すれば出てくる(注文したらどこでも有料)。


暑い熱いアツイ外から戻ると、本当に美味しい。
ハイビスカスは薬草でもあって、高血圧によく、鉄分豊かで貧血にも効く。
温かくして飲めば、もたれた胃もさっぱりする。
現地では、1キロ25〜30エジプトポンドくらいで売っている。

「アシル・リモーン」はレモンジュース。
エジプトでいうレモンは、直径2〜3センチ程度の小さな緑の柑橘類。
日本の黄色いレモンより、香りも甘味もある。

これを絞り、砂糖を加えたジュースも、夏の飲み物だ。
実にうまくできたもので、このレモンジュースもビタミンC豊富で、
カルカデ同様に体の熱をとってくれる。
多少砂糖が多めでも、結構おいしく飲めてしまうのは
土地のものの不思議だろうか。

Garden of the Andes ペパーミントティー香り豊かな第1級品。JAL国際線エグゼキュティヴクラス...そして、お腹の調子が悪いといえば「シャイ・ビ・ナァナァ」が出てくる。
ミント・ティーだ。
現地では胃腸の不調の特効薬。
こってりした食事の後にも良い。
ただし、エジプトでは一般に冷やして飲むことはしない。
どこかのお婆さんがいってたが、胃が冷えすぎるからよくないそうだ。


付け加えると、日本では触ろうとすら思わなかった「コカコーラ」が、
当地では妙においしく感じられるのは不思議だった。
これはいまだに謎である。
「強烈な暑さに対抗できるナニカ」が入っているのだろうか?
それも、日本製には入っていない「ナニカ」が・・・なんだろう?


●だからエジプトの夏は快適

ところで、ブログのほうには先日から、
ひっそりと「カイロのお天気」を載せている。
そちらを見ていただければ一目瞭然だが、湿度("humidity")が25〜30%程度。一方で日本は全体に70%を超えている。
気温はカイロで日中最高が35度程度、最低が25度程度。例えば東京と比べると、平均して5度ほど高い。

気候の不快指数を決めるのは、結局「湿度」なのだと思う。
私はカイロの夏は快適に過ごしていたが、
梅雨から夏にかけて日本に戻るようなことがあると必ず体調を崩していた。

「どうせあんたは・・・」という向きもあろうから、一応申しそえれば、
権威ある(?)「カイロ日本人会」が在留日本人全体に調査を行ったところ、
7割ほどが「カイロの夏のほうがラク」と答えたのである。

私だけじゃないんです。少しは信じていただけますか?

そういうわけで、エジプトの夏は日本よりもラクなのである。
それでもカイロにいるころは、
サウジアラビアなどから「避暑」にくる人たちを見て大変不思議だったが、
横浜在住の今、その気持ちがわかる。

私もカイロに「避暑」に行きたい!
私の場合「避蒸暑」だけれども。  
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2005年07月25日

エジプトの爆弾テロ 訂正と補足

7月25日午後三時時点での情況を、訂正とともに以下補足する。

発生後死亡者の数は増え続け、90名近くとなった。
この内、外国人の「死亡者」は約10名である。先信にて挙げた情報は「死傷者」だった。
ここに訂正する。
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2005年07月24日

ホテル・メトロポール

ところで、ステラ、ステラと連呼していて気がつかなかったが、
似たような名前で"Stella Artois"というベルギーのビールがあったのを思い
出した。
ステラ アルトワ 5.2度330MLSTELLA ARTOIS

関係? ありません。
これは「ちゃんとした」ベルギーのビール。
創業1366年の伝統ある醸造所です。

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2005年07月23日

エジプトの爆弾テロ

(以下の内容は、7月23日19時時点のものです)

7月23日午前1時過ぎ(日本時間午前7時過ぎ)エジプトのシャルム・エル
=シェイクで爆弾テロが起きた。
三ヶ所で連続して発生。日本の19時現在、60名以上の死亡が確認され、2
00名以上が負傷。判明している外国人の死者は、イタリア人13名、サウジ
アラビア人3名、スペイン人3名などである。
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2005年07月22日

『モロッコ 旅のまよいかた』

モロッコ 旅のまよいかた


中東方面のお酒の話ということで、
読者の方にモロッコのお酒についての投稿をいただいた。
20年前の学生時代に行った時は、確かビールは結構いけたのを覚えている。
ワインもまあまあだったように思う。

しかしそれでは何も語れないので、あれこれ調べていた時に、
上記のサイトにぶつかった。

現地在住の女性が作っておられるサイトだが、
内容盛りだくさんで、情報も多種多様。
お酒の話はなかったが、非常に面白かったので御紹介する。

リンクもいただいたが、URLは以下のとおり。

http://www.mayoikata.com

また、主催の方は

『旅の指さし会話帳〈47〉モロッコ』
情報センター出版局

の著者でもある。
この本も、日本ではなかなかないモロッコ方言の本で、
現地に行く人にはお役立ちだろうし、
正則アラビア語や各国方言を知る人には読物としても楽しい。

尚、最近のモロッコのお酒を調べてみた限りでは、
欧米の記事は点が辛く、日本は全体に「悪くない」としている。
以前のエジプトよりはかなり良いようだ。  
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うなぎは『安斎』

子供のころから鰻が好きだ。
世界中どこにいようと、周期的に「うなぎ食いたい病」にとりつかれる。

基本的に「じゃあ、好きでない食べ物を挙げろ」といわれると考え込むほど、雑食性で何でもよく食べるワタクシではあるが、好きな中でもとりわけ「強烈な衝動」が襲うアイテムというのがある。
そのひとつが鰻だ。

亡父も鰻は大好物で、よくあっちこっちに連れて行ってくれたり、お土産で持ってきてくれたりしたものだ(そういえば「父さんのオミヤさん」というやつ、最近聞きませんね・・・先日オットが「接待で寿司屋に行った」というので「オミヤさんは?!」と叫んだら「昭和中期のお父さんか、俺は?!」と叱られましたが・・・最近はそういうものなの?)。

寿司はともかくおいといて・・・。

鰻も何でも良いのではない。
具体的にどうと表現できないのがもどかしいが、かなり好き嫌いが激しい。
だから、冷凍のうなぎで・・・という発想はない(あれば食べるけれど、別のものだと思っている)。

カイロなどにいたころはまだ良かった。
実家が荻窪にあったからだ。
「帰宅」すると、とりあえず家でご飯を食べ、翌日の昼あたりぶらぶらと鰻を食べにでかけたのが、当時近所にあった『安斎』という店だ。

ここにおさまるまでには、途中経過があった。

学生時代を札幌で過ごしたのだが、その間の「うなぎや」は、決まっていた。
ローカルな話をすれば、北18条あたりの『N』という店だった。
基本的には関西風で、蒸さずに焼くのだが、これがとても好きだった。
あまり贅沢をしなかった学生時代、たまに一人で行った。
うなぎを一人で食べるのって、結構楽しいのだ。
(尚、最近行ったら、記憶にある味と違うものが出てきた。
良し悪しはともかく、代替わりしたらしい)。

その後、東京に帰って、困った。
わたしって、口が曲がってるのかしらん?と思うほど、どこに行ってもおいしいと思えないのだ。
唯一美味だったのは『尾花』という有名店だが、実家のある荻窪からはあまりに遠い。

その上、若いころから根性なしの私は、並んで順番を待って何かを食べる・・・なんということは、どうやってもできない(仲間と一度、ということはあるけど、二度目はない)。
父が何度かここの「おみや」を食べさせてくれたので懐かしくはあるが、それでもちょっと遠すぎた・・・。

でも、しかし、ある日突然「なにがなんでもウナギが食いたい!!」と、一気に思いつめた時、チャリンコ(死語?)を駆って、中学時代の仲間がバイト(死語?)してて「おいしいよ」といってたのを頼りに、実家近くの某店に走った・・・が、そこはすでに昼時を終わっていたのだった・・・。

トボトボと、家に向かって自転車を押して歩き始めてしばし、なんだか今まで目に入らなかった鰻屋にでくわした。

店は、開いている。

中に入って「あの・・・」とたずねると「はい、いらっしゃい!(店主、不審げな顔)・・・・・え、あの、ウチは鰻しかないですが・・・」と、微妙に冷たい声でいわれた。
「ハイ、鰻が食べたいので」というと「30分くらい時間がかかりますが」ときたので内心ガッツポーズだったのを覚えている。
やっほう!とりあえず、ちゃんとした鰻が食べられそうだよ!!

店主、まだ不思議なものを見るような顔つきだったが、とにかく白焼きとうな重を頼んだ。
彼は、昼間からビールで御新香をつつき始めた「変な若い女」を「?」という顔つきでまだ見ていたが、とにかく「仕事」にかかることしばし・・・

(中略)

・・・というきっかけで「うなぎは『安斎』」になった。
周囲の人に聞くと、結構好き嫌いは分かれるらしいが、私にとっては「う、ここに入ってよかった・・・」と、二十年程前に思って以来、好きなウナギの基準点はここだ。

でも、横浜在住となった身の上では、そうそう行けない。
そんな中、この数ヶ月前から「うなぎウナギ鰻・・・」という周期が私を襲ったのだ。
で、突然仕事の打ち合わせが荻窪近隣で発生。

最初のアポが水曜日だったのを、定休日『水曜』に合わせて木曜にずらすくらいまでして、でかけた。
10年ぶりくらいだ。

感動した!というと、どこかの総理大臣の台詞だが、味は変わるどころか、パワーアップしていたのだった・・・。

尚、その二時間ほど前に、ついつい入ってしまった、昔好きだった荻窪駅北口の某ラーメン店は、無残なほどまずかった。昔は好きだったけれど、どうしてこうなったのだろうな?

まあ、そういうわけで、鰻は荻窪の『安斎』が一番好き!と、再度愛情表現して終わる。

為念、時間を問わず、妙な若い女のためにまで、何時いってもどうにかなったのは20年近く前の話であって、現在は「絶対要予約」「きっぱりと売り切れ仕舞い」である。
この辺だけは、なんだかさびしい気がするけれど、それを言ったら贅沢なんだろうなぁ・・・。



  
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2005年07月21日

【第20話】 中東酒事情 其の二 〜エジプト酒話 ステラの現状〜

●さて、第20話・・・

数字のキリがいいからと、いちいち喜ぶのもお馬鹿さんなのだろうが、
何とか20回にこぎつけた。
スカスカと書き飛ばせることもあれば、
うなり声を上げながら苦吟することもある。
そもそも根性なしなので、いつ挫折するか・・・
と思っていたら、続いている。

これは、読者の皆様の支えと励ましあってのものだ。
一人でも二人でも、木曜日の配信を待っていてくれる人がどうもいるらしい、
という思いだけで
「今週は湿気てるから、おやすみでぇす」
などという安直メールを、関西方面に送らずに踏みとどまっている。

おかげさまで、続いています。
改めまして御礼申し上げます。
で、まだ続けます!


●ビール話、再び

さて、梅雨も明けたことだし(?)、ビールの話を続けよう。
今夜は我が日本の誇り、エビス・ビールがお供。
黒と普通のを半々に混ぜて、ハーフ&ハーフというやつにしている。
前回ご紹介した、デュッセルドルフ名物「アルトビア」を、
ちょっと思い出す(なぜ前回話が出なかったか、というと、
キリンのサイトを紹介していたからで・・・)。

前回は、エジプトのビールにまつわる回顧談に、
申し訳程度に「古代エジプトのビール」の話なんかつけて
「次回に続く」となった。
新しい話の書きはじめに「思い出話」が漏れなくついてくるのは、
このところもう恒例になっているから
「あ〜またか」と思われたかもしれないが、許していただきたい。

マーレーシュ。

と、一言で終わらせて、さて現代のエジプトのビール話。


●ステラ・ローカルの変遷

私がエジプトに渡航した1980年代末ごろから、日本に帰国する十年の間に
ステラの品質も種類も、いろいろと変わった。
特に1997年に、醸造会社が国営から民営化されて以降は、
劇的といってよいほどの変化があった。
製品ラインから、その内容から、販売方法まで、
特に私がエジプトを去って以来、5年ほどの間に
いろいろなことが相当に変わっているらしい。

ともあれ、私が「痛みとともに愛飲した」のは、
ステラでも「ステラ・ローカル」というブランドだ。
ラベルの映像はブログに上がっているので、ご参照いただきたい。

さて、醸造元は "ABC" なるしゃれた略称を名乗っている。
うまくしたもので、もともと国営の時から
"Al-Ahram Beverage Company" なのだ。

Aの部分を解説すると、Alは定冠詞(英語の"the"にあたる)、
Ahramはピラミッドだ。
これは正則アラビア語で、エジプト方言では「ハラム」という。

80年代末期は、びんの底に得体の知れん長いものが沈んでいたり、
栓を開けたばかりのビールから蝿の死骸が出てきたり、
二本のうち一本は気が抜けていたり・・・と、
ロシアンルーレット感覚だった。
当時の仲間内のジョークとして
「イスラム教徒は味見ができないから、
品質管理できないわけだよね」
「しょうがないよね、国家公務員だしね」というのがあったが、
本当にそうでもいわなければやってられない状況だった。

それが、湾岸戦争後くらいに、若干改良された。
二本に一本が、三本から四本に一本くらいに改善したのだ。

ボトルも茶色と緑色の二色があったが、いつのまにか茶色を見なくなった。
ビール代の約三分の一はボトル代だったと記憶している。
今の日本の酒屋のように缶ビールの箱売りが当たり前でなく、
電話一本で(何時にくるかインシャアッラーではあったけれど)
配達にきて、箱代ビン代を引いた額になった。
環境保護、という観点では立派なものだ。

挙句「このビンは要らないから」などと引越し時にいおうものなら、
誰か彼かが重い重い箱を抱えて、スキップしながら持ち去ってくれたものだ。

で、久しぶりのご対面、ということで、
近影を求めてインターネットを当たった・・・ショックだった。
苦楽をともにした我が友「ステラ・ローカル」のラベルは一新されていたのだ。

映像などは以下を参照。
http://en.wikipedia.org/wiki/Stella_(beer)

え〜、なんだ、これは〜!
しばらく会わないうちに、すっかり小奇麗になりおって・・・!
と、すっかり垢抜けてきれいになった、
昔の人の近影を見て過去の面影を追う、
情けないオトコみたいな心境
(?たぶん? 女性でないのは、私が知る限りこういうことをしないからです)。

誰か知り合いがエジプトに行く時は「あのボトル」を一本
お土産に頼もうと思っていたのだけれど。
そうか、もうないんだ・・・(遠い目)。

最近はどうなのかわからないが、2000年の時点で、
輸入の缶ビール(主にハイネケン)は家で飲んだ。
入国時、二箱買えるのだ。ただし、あるかないかは運次第だった。
あっても、免税店の店員がいないので、
来るまでまとう、ホトトギス・・・と待つこともあった。
天下を取るにつけビールを買うにつけ、
忍耐には強いモーティベーションが必要である。

もうひとつ大きな変化があった。
国家事業で政府が統制しているがゆえに、ABCという民営事業が立ち上がって
後も数年、ステラ・ローカルをはじめとした、国産アルコール飲料の値段は
「どこにいってもほぼ同じ」
だったのだが、こういう値段付けがようやく各企業に一任されたのだ。

民営化の段階で、イギリス人の料飲部長が
「ヘイヘイ、ア、リーマァ〜!!」とか歌いながら
「ステラ・ローカルのおかげで売上が沈まなくてすむのだ!」
と言いにきたのを覚えている。
ラテン系が一滴も入らないイギリス人だ。
しかも、冷静沈着優秀な人だった。
余程嬉しかったのだろう。

そう、これは飲む側にとってはありがたいことなのだが、
一流ホテルなどにとっては迷惑なことで、
国家統制されているがゆえに
街の普通の店と大差ない値段で出さなければいけなかったのである。

とか何とかいっているうちに、またまた長くなってきた。
梅雨も明けたので(!)、来週は、ステラ・ローカル以外のビールと、ABCの
その他商品ラインナップなどをご紹介しよう(インシャアッラー)。

(2005・7・21配信)  
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2005年07月19日

【第19話】 中東酒事情 其の一 〜エジプト酒話 懐かしの『ステラ』〜

●マダーラのアリーマ

季節柄も考えず「宗教」というヘビーな話題に、
二回も続けてタックルをかけてしまった。

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2005年07月18日

ロンドンのテロ その後

●首謀組織の謎

この事件が発生した時点で不思議に思ったのは、声明を出した「欧州におけるアルカーイダの聖戦(ジハード)秘密組織」とやらの具体性だった。
ナニコレ?と続報を待ったのだが、結局どこからも具体的な情報が出てこない。
それっきりだ。
「いつものアルカイーダ関連」の定型だね、と思って終わりにしつつあった。

しかし、テロの実行犯が明らかになるにつれ、違う「いやな感じ」が膨らんできた。
これはどうも新しいパターンで、しかも状況の拡大や泥沼化につながりかねないもののように思えるのだ。
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2005年07月10日

【第18話】 〜宗教について思うこと 其の二〜

●前回より

前回は、なんだか身の上話で終始して、ただでさえ湿気た季節に、
暑苦しかったかなあ、と反省している。

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2005年07月09日

アラブ イスラーム学院

イスラム教を理解しようと思っても現地に生活したことのない人が
一番辛いのは、ビジュアルがないからイメージがわかないところだと思う。
その辺を非常によくカバーしてくれるサイトがあるので御紹介したい。

本当はもっと早くご紹介すべきだったものだが、
どうもうっかりしていた、とでも言おうか、思いつかぬまま、
私自身は毎週ここのメールマガジンを楽しみに興味深く読んでいた。

この学院は、在日サウジアラビア王国大使館付属機関として運営されており、
サウジアラビア王国政府が全面出資しているものだ。
それだけに、良い意味で非常に生真面目で真剣な姿勢が前面に出ている。

また、アラビア語についても多様な記載があるので、
関心のある方は是非ご参照いただきたい。

http://www.aii-t.org/index.htm  
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2005年07月08日

ロンドンのテロに思う

ロンドンでテロが起きた。
本当に、忘れたころにやってくる。
でも、その辺の間隙を突くのが、奇襲の常套だろう。

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2005年07月07日

イスラームを理解するための参考図書

イスラム教についての本は山ほどあって、私も氷山の一角しか目にしていない。
とりあえず、ビジュアルと文章がうまくバランスの取れた、イメージの作りやすい本を数冊ご紹介する。
また、キリスト教、ユダヤ教についても、参考になりそうなものを挙げておく。

『イスラーム不思議曼荼羅』  後藤明/野町和嘉(著) ユーラシア旅行社出版社(刊)

後藤明教授は中東史の硯学である。イスラム圏各地をエッセイの形で飄々と綴り、イスラームとは何かを概論としてわかりやすく語る。
野町氏は、サウジアラビア政府より招かれて聖地巡礼の撮影を行う際、実際にイスラム教徒に改宗してメッカの素顔を作品としている優れた写真家だ。
最終章は二人の対談となる。
ビジュアルと文章がうまくかみ合った本で、イスラームの解説書としてだけではない価値がある一冊だ。


『メッカ―聖地の素顔』 野町和嘉(著) 岩波新書

上記の本の写真家による、メッカの巡礼を撮影した写真と、その過程での作者の思いが綴られている。
写真だけでも大変な迫力で、かつ非常に貴重なものだが、作者のイスラームへのアプローチが、一つの形として興味深い。


『イスラーム』 ポール・ランディ(著)、小杉泰(翻訳) ネコ・パブリッシング(刊)

上記の二冊が感覚的にアプローチするものだとしたら、データや図版、年表、写真などを通して客観的に俯瞰できる一冊がこの本だ。
この類の本はすぐ古くなるのだが、2003年刊行なので、まだ旬である。
イスラーム諸国40カ国以上の各国詳細データがついている。
翻訳も読みやすい。しかも、この内容にして「え?」と思うくらい安い。
お得です。


『ユダヤ教』 ノーマン・ソロモン(著)、山折哲雄(訳・解説) 岩波書店(刊)

同書店の『一冊でわかるシリーズ』のものだが、確かにうまくコンパクトにまとめてくれている。
日本で刊行されているユダヤ教関連の本は、あまりに専門的過ぎたり、訳者が記しているように非常にキワモノ的であったりと、なかなかいいものがないのだが、とりあえずこの一冊は概論部分をわかりやすく俯瞰できると思う。


『知って役立つキリスト教大研究 』 八木谷涼子(著) 新潮OH!文庫

安価な文庫の形態だが、私が目にした中では一番わかりやすい世界のキリスト教簡易事典。細かい事象をきちんとまとめてあるので、手元においておくと役に立つ。この一冊で、かなりの「?」が解消された。


『よくわかるキリスト教の教派』 今橋 朗 (著), 徳善 義和 (著)  キリスト新聞社(刊)

日本のキリスト教会史は、実にややこしいものであって、すっきり解説している類書はないので貴重な一冊。
世界という視野での解説もあるが、ある程度突っ込んだ関心のある方向けではある。
一応参考までにあげておく。
  
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2005年07月03日

梅雨対策 其乃二

今年は幸か不幸か、空梅雨だそうだ。
全身で待ち受けているだけで具合が悪くなっていたが、
実はたいしたことないじゃないか、今年・・・と思う。

こうなると、農業をはじめとした経済への影響が心配だ。
エジプトのようにナイル川がないですから、日本は・・・。
こうして気づくのも変な話だが、エジプトというのは本当に安定した
農業国なのだ。

さてこの不安定な日本でも、確実に暑気はやってくる。
しかも湿気とともに。
この辺は、多少は食事で解消できるものらしい。

今の時期、体の熱をとるには、山椒と八角がいいそうだ。

山椒は、一番いいのは一鉢買ってきて置いておくのが一つ。
もうひとつは、山椒の実を買ってきて、湯がいて醤油やら焼酎やら酒やらに
つけておくことだ。

山椒の実 100gただ、山椒の実は都心の高級スーパーマーケットか、田舎の山の中のどちらかでなければ手に入らないので、間にいる私のような人間には大変不自由だ。
でも最近、ぼちぼち売ってもいるらしい。

スターアニス(ホール) 500gもうひとつの八角は煮物やらカレーやらにどかどかと入れる。
豚とは大変相性がいい。


イエニ ラク 45度700ml (トルコ)YENI RAKI楽天シニア市場 八角は英語でアニス。
何かといえば、レバノン産のアラック、トルコのラクにある、独特の香りの元だ。
確かにあの、水を入れると白く濁る酒は、夏に飲むと体がひんやりして気持ちよい。

山椒にして、あの口の中に残る微妙な清涼な感覚は、冬よりも夏に心地よい。
実が取れて、新芽が出るのもこの時期だ。

自然というのは、そういう風にできているのだろうか。




  
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2005年07月02日

【第17話】 〜宗教について思うこと 其の一〜

●イスラム教への関心の高まり

十余年前には考えられなかったことだが、
イスラーム乃至はイスラム教について知りたい、という熱意は驚くほど高まっ
ている。

この熱意の元が、戦争であったりテロリズムであったりと、
必ずしもポジティブなところからの関心でないのはある意味残念なことだが、
少なくとも昨今刊行された、アラブ世界やイスラーム関連の書籍ときたら、
一昔前を覚えている私には感慨深いほどの数だ。

一方で「知りたい、知ろうとした、でもどうもよくわからない」という声が
相も変わらずあるように思う。

宗教というものは、教理や概念でとらえようとしてもわかりにくいものなのだ
とおもう。
日本人が「イスラームはわからない」というのは、要するに「宗教がわからな
い」ということなのではないだろうか?と、最近思うようになった。

これを語るにはもっと勉強が必要な身ではある。
でも、敢えて思うところを書いてみる。
時々こんな話が出てくる、ということにしたい。
これを書ききろうと思ったら、一生かかってしまいそうだからだ。
だから、気が向いた時に、尻切れトンボになっても少しづつ、と言うことでお
許しいただきたい。

尚、反論、感想、御教示のたぐいは歓迎する。
私なりに一生かけて理解するテーマだと思っているので。


●私自身の宗教的背景について

とりあえず、ちょっと脱線する。

宗教についての話は、
実は私自身のごく個人的な宗教観も含めたものになるので、
正直なところちょっと重すぎて、今まで当り障りのない話しかしてこなかっ
た。私の宗教観など、公に語ってどうするのだ、という思いもある。

そして、
硯学並み居るイスラームの世界を私などが語る資格など、いったいあるの
か?!
という、疑問と正直に言ってしまえば不安もあるのだ。

でもやはり、そろそろ向かい合うべき時がきたのかなあ、
という気がする今日この頃である。
まあ、そこまで大げさに考えなくても、少しはそういうことについての自分の
思いを記しても良いかもしれない、とようやく思い始めたのだ。

実は、私の実家の一族は、プロテスタントのクリスチャンだ。
明治のはじめに曽祖父が、アメリカの宣教師のもとで改宗して以来のことだか
ら、まあかなり古いほうといってよいだろう。

両親の方針で、幼稚園から小学生の間だけは教会に通わされた。
中学に入って以降は、自分で行きたければ行くがよし、ということで、自分な
りにいろいろと考えた末「もう行かない」といったら、「あ、そう」というこ
とで終わった。

正直に言って、敬虔な信者の行動様式に、当時の私は奇妙な違和感をもったの
だ。
聖書に盲目追従するのは非科学的であると思う私は、

何がなんでもどうでもいいから神様とイエス様を信じなさい、

という大人たちとどうも折り合えなかったのである。

奇矯な論戦を張ろうとすると、
大人たちは頑なに「正しいから正しいのだ」という理屈にならぬ理屈で困惑し
た様子となる。
「馬鹿馬鹿しいからやめる」と父にいったら、特に何も言わずに「ああ、そう
か」で終わった。

でも、高校は親族にゆかりの深い某ミッションスクールに、一人くらい私の代
から行っても・・・ということで、私が受験することになった。
受けるだけ受ければ義理が立つということで、受けてみたらば合格した。
で、またキリスト教と対峙することとなった。

高校に行った後も、そういう「まじめな人たち」に何か言わずにおられず、聖書
の授業でふざけた作文を書いた。

アブラハムが父なる神に「息子を生贄にささげよ」と命じられ、祭壇の前でわ
が息子イサクを手にかけようとしたその時、神が現れその手を押しとどめて言
われた。

「冗談のわからんやつだな」。

というばかげた内容だった。

「大変機知とユーモアに富んでおりますが、神様に対するまじめな姿勢があり
ません」と、しかられた。
それだけならともかく、牧師をしている叔父のところにまで話が飛んだのには
参った。

で、親族関係の集まりで叔父にあったとき「いったい何を書いたんだよ。あな
たの姪御さんは困った子です、といわれたぞ」というので、カクカクシカジカ
と話したら、バカ受けして終わった。

父も同じであった。
ただし、父に限っては「でも、盗作はいかんな。それはウディ・アレンだろ
う」というオマケがついていた。

彼は異常なほどの活字の虫だったので、私がその辺に転がしてある本を面白が
ってたまに読んでいたらしいのである。
ここではじめて「本代は小遣いと別枠。好きなだけ買ってよろしい」という意
味がわかった。
父は、自分では見つけられない面白い本が読みたかったらしいのだ。

学生時代に逝った父ではあるが、
たまに突然段ボール箱いっぱいの本が贈りつけられてきたものだった。
硬軟取り混ぜていろいろだったが、ギャビン・ライアル、ジョン・ルカレ、フ
レデリック・フォーサイスといったところが全て新刊書だったのはとてもうれ
しかったのを覚えている。

というようなわけで(?)、入国書類などで「宗教」の欄があると「キリスト
教徒」と書く。
他に書きようがないからだ。
イスラム圏にいた折も、断食のような宗教的な儀式には、決して参加しなかっ
た。
あれこれ言われはしたが「私はクリスチャンだ」の一言で誰も何も言わなくな
る。

イスラム教徒が多数占める国でよくあるのは、たとえば断食月に一緒に断食を
すれば仲間だ、という空気なのだが、私にはどうしても違和感がある。
自分が普段いかに不良なクリスチャンだろうと、どうしても「譲れない線」と
いうのはあると、こういうときに思う。
逆に一日や二日「ちょっとやってみる」というのは、宗教的な冒涜だと思える
のだ。

お仏壇については、儀式的にお参りはする。
また、異教の場において真剣に祈る場がひとつだけあって、それは数年前に逝
去した岳父に対してだ。
これだけは、異教徒であろうと許されよう、と思うからだ。

極論というか、暴論というか、とにかく、基本は「愛」なのだと思う。


●というわけで・・・

宗教の基本はすべて「愛」だとおもう。
しかし、この概念はあまりに漠然としているので、何らかの媒体を得なければ
確かな形でたどり着けないと誰も思うだろう。

その道筋が、宗教なのだ。何であれ。
と、思う。

日本もそうだが、世界中に様々な人や文化があって、その土地や歴史とともに
生まれ、発展する。

さてその中で、あなたの理解している宗教っていくつありますか?
仏教って何ですか?
キリスト教って何ですか?

で、イスラム教って、なんだと思いますか?  
Posted by arimaburabura at 13:58Comments(3)TrackBack(0) | Amazon.co.jp | 楽天市場 | ブログ

『ゾマホンのほん』

『ゾマホンのほん』
http://tinyurl.com/by9yu

実は最近ブログで、ワールドカップのアフリカ予選を話題にしていたのだが、
同じグループに「ベナン」があった。
ああ、あの、昔タケシが司会やってたテレビ番組で、ぶっ壊れた日本語でわめ
きまくってた、あいつの国か、としか思わなかったが、とりあえず読んでみ
て、ついつい泣いてしまった。

ゾマホン氏がどのくらい意識しているかわからないが、これは強烈な植民地主
義批判の本である。
日本人は、他国を植民地にしたことはあるが、されたことはない。
された結果、家畜のようにされたことはない。
その結果、幸いにして、日本語だけで大学教育まで受けることができるのだ。

敗戦国でありながら、これがどれほど有難く稀有なことか、日本人ははっきり
と認識するべきだ、と思う。
  
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